腹が減っていれば、何でもうまい。

昔の誰かが残した言葉は言いえて妙だと思う。
犬のようにガツガツと食パンを食べている金髪の男を見て、土方は先祖への敬いの大切さを再確認していた。
食パン一斤が見る見るうちに消えていく。先祖云々じゃなくてこれは人体の神秘じゃないだろうか、という疑問も過ぎるが、自分は残念ながら生物学を習っているわけではないし、そんなことを考えて祟られでもしたらたまらないので通過させる。幽霊の類は大の苦手だし。
そんなにがっついて平気なのか、と思って見ていると想像通り男は咽た。呻きながら胸を叩いている男を尻目に頬に当てていた左手を外して席を立ち、ガラスのコップにミネラルウォーターを入れて置いてやると、男は涙目になりながらコップを空にし、あー、助かった、と感謝の気持ちが篭もってるんだか篭もってないんだかよく分からない声で口にした。
それでもまた食べ始めるところがすごいと思う。並々ならぬ精神力。というか意地汚さ。結局は、この男の存在自体が神秘なんじゃないだろうか。

……神秘って言葉を酷く侮辱した気分だ。目の前の男に使うのは勿体ない、というか合わない、というか違う言葉が合いそうだ。こう、もっとキレイな感じの…。
…アレ?何かおかしくねェか?コイツ男だよな?そりゃ、成りからしてホストだから顔立ちは悪くない。いやいや、だからってキレイって言うのはおかしくねェか?でもキレイ以外に当て嵌まる言葉もねェよな…。
頭の中で自分同士が言い争いをしているのを他人事のように聞きながら、ぼんやりと目の前の男を見やる。黒い目とスーツに映える金髪。染めているのだろうか。それにしては随分とこの男に馴染んでいる。格好が派手だからかもな。何ともなしに見ていたつもりだったのだが、突然目の前の男が目を見開いたので驚いた。光の加減によっては目が赤にも見えるんだな、なんて脳の端っこで思いながら。

「ど、どうしたんだ?」
「……え、いや、そりゃこっちの台詞なんですけど…」

歯切れ悪く言うと、男は顔を俯かせて先程までの勢いはどこへやら、小動物がエサを食べるようにちびりちびりと食パンを齧り始める。その顔がどことなく赤いような気がして、道端に倒れてたから風邪でも引いたのかと右手を動かそうとして、ようやく気付いた。

自分の右手は、目の前の男の髪を、掴んでいた。

止まっているからそう見えるだけで、もしかしたりしちゃったりすると、自覚する前は撫でてたりしちゃったりしてなかったりしていたのかもしれない。
動揺で支離滅裂な日本語を直すことも出来ずに土方はただうろたえた。外すべきだよな、外すべきだよな、つか外さなきゃそっち系の人だと思われるよな、俺至ってノーマルだし、確かに昨日女と別れて傷心気味ってのはあったけどさ、そんなまさかに輪を掛けたような出来事起こるわけねェじゃん、うん、ないないない、それはありえない、ありえないさ。
収拾が付きほっとして、けれど結局どのタイミングで手を外すべきなのかの答えが出ていないことに固まった。男が言った時に気付けば「金色の髪って珍しくてな、つい。染めてんのか?」とか切り出せたものを。なんて今更後悔しても遅い。時間は元に戻らない。時は金なりだ、ほんとに。

ああ、どうしよう。本当にどうしよう。成り行きで拾って、成り行きで飯を恵んでやって、成り行きで向かいに座っただけなのに、どうしてこんなことになってるんだ。
最初の成り行きからしておかしいことにも気付かずに土方はうんうんと唸り頭を抱えようとして抱えることが出来なくてまた唸った。
ヤバイ、腹がキリキリして来た。お前は一体どこのへたれだと罵倒してやりたいが、別にこの場合はへたれでもいいんじゃないかと思う。この先に進むつもりなんて一切合財ねェし。
つかこの先って何だよ俺ェェ!!何ナチュラルにんなこと考えてんだよ!
うがあああと悶えている土方の姿を疑問に思ったのか、男は首を傾げて土方の顔を覗きこんだ。

「あの、とーしろう、くん?」

きっと、胃に穴が開いた。そして、何かがぶちりと切れた。
濡れたような唇に齧り付いて、口内を蹂躙して、ベッドへと押し倒した。

そう、腹が減っていれば、何でもうまい。

ただそれだけのことなのだ。たまたま昨日女と別れて、たまたまこの男と出会って、たまたまキレイだな、と思っただけで。シモで例えるなら勃ちそうだと思ったから。
この感情に名前などない。突発的で、発作的で、一時のものなのだから。

決して、恋に落ちたわけではない。
と、信じたい。




















土方君は大学に通っています。学部は決めてませんが、おそらく文系。