血塗れプリンス
手の中で咲き誇る赤い花。
キレイな花には棘があるなんて言うけれど、花屋の花にそんな危ないものあるわけない。
処理されてどこか間抜けな姿になった茎を持ってくるくると回す。
大きな花弁は風に揺れることも散ることもしない。
つまらなさを感じながら鼻に近付けるとこの花独特の甘い匂いが香る。
「変わり者もいるモンだな」
「真の俺を分かってるってことですゼ。ほら、俺にピッタリでしょう?」
花に頬に当てながらちらりと隣を見ると煙草を噛み締めて嫌そうにしている顔があった。
うわ、酷ェ。俺のガラスのような心が傷付いた。そう言うと鼻で笑われた。
「土方さんは本当に鬼でさ、っ」
「どうかしたか?」
「あー。眠いんでちょっくら休んできまさァ」
「アァ?お前は自分を王子様か何かと思ってんのか?」
「えぇ」
「てっめ!」
「金髪だし、顔いいし、バラが似合うって言われたし。これが王子じゃなかったら何だってんですかィ。じゃ、行って来やす」
自信満々で言って早々と立ち去る。呆気に取られた土方さんの頭が正常に動くまでに行かないと失敗する。
予想した通り、路地裏に入り込んだ時に遠くから怒声が聞こえた。
つか自分でサディスティック星から来た王子って言ってなかったかねェ。小さく笑うと呼吸が止まる。
「かはっ、っ…」
押さえた左手に広がる液体。太陽が差し込まない路地でよかった。見ると気が滅入って困る。
「ごほっ、っう、う…」
息がうまく出来ない。酸素を吸い込めば吸い込むほど肺が拒否反応を起こす。
息苦しさを緩和するために上を向くと喉がひゅーひゅーと音を立てる。
隙間に見える青空がやけに遠い。
「苦しそうですね、大丈夫ですか?医者を呼びましょうか」
「いえ、仕事の疲れが出ただけだから、気にしないでくだせェ」
「そんなに酷くなるまで?なら、仕事を辞めればいいのに。なァ、真選組一番隊隊長、沖田総悟?」
「……たかす、ぎ」
最も過激で危険な攘夷志士。土方さんの声が頭に流れる。
反射的に刀を抜き胴を凪ぎ払おうと斬り掛かる。
が、相手にもされていないのか簡単に避けられ刀は空を切る。
振り返り様一太刀浴びせてやろうと構えたが、叶わなかった。
「っく、うっ…はっ」
「本当に大丈夫じゃなさそうだなァ。薬は持ってるか?」
あいにく屯所に置いてきた。
言うことはしなかったが、聡い高杉は理解したらしく、一瞬止まった後、近付いて来た。
今戦ったら確実に負ける。だが、不思議と死ぬのが怖くない。死にかけだからかねェ。殺せばいいと顔を上げる。
「ほら」
「……これ、は?」
「咳止めの薬だ。飲まなくてもいいが、その有り様で帰ったらお前の大事な局長さんや副長さんにバレるゼ?」
「何で…」
「同じだからさ」
「え…?同じ、って…っが、は」
「さっさと飲んどけ」
足下に放られた錠剤を警戒するが、見覚えのあるものであることに気付き、口に入れる。
普段使っている薬とは違う種類だが、医者から奪うようにして貰ったのが少しある。忘れてきたのより数段強い薬。
「言っとくが、今日はたまたまやり合う気がねェだけで、明日からは躊躇わずに殺すからな」
「……上等でさァ」
「ハッ、元気そうじゃねーか。俺ァ忙しいから、そろそろお暇させて貰うゼ」
路地裏に光が差し込み、影がみるみる内に姿を消していく。
顔を上げれば赤い着物が目に入る。いや違う。白い着物だ。着物を赤過ぎる血が染めている。
怪我の血や返り血などの血なら赤黒くなるはずなのに。
喀血、つまり吐いた血だけが真っ赤な色をしている。
「また、会おうなァ」
自らの血で染まる着物が翻りながら消えていくのをぼんやりと眺める。
じゃあ、俺の隊服は返り血で染まったのだろうか。
いや、そんなわけがない。高杉と俺は同じなんだ。ただ俺は、
血の色が見えないだけ。
黒い服は返り血を派手に浴びても目立たない。この服が起用されたのはそういう背景があるのかもしれない。
憶測だが、そう考えればこれほどピッタリなものはないだろう。
斬ったことを、死を束の間でも忘れることが出来る。
地面に落ちたバラを拾うとべったりと血が付いていた。
鼻を近付けるがもちろん血の匂いしかしない。
バラ、好きなのになァ。残念に思いながら握り潰す。手を開くと花弁がはらはらと舞い落ちる。
手のひらに残る真っ赤な血。
バラの花弁に変わってくれないか。
体に染み着く血の匂い。
バラの香りに変わってくれないか。
願わくば、この身に流れる血をすべて、バラに変えてはくれないか。
「総悟、サボってる内に全部やっちまうぞ!!」
怒鳴る声に返事をせず、手に付いた血をズボンで拭い取る。これから汚れるんだからバレないだろう。
道に出ると騒動に巻き込まれまいとしたのか一般人は見えない。好都合だ。
ゆっくりと向かって行くと逃げてきたらしいヤツらが見えた。
人には逃がすなって怒る癖にねィ。ま、こっちに二人来たってこた、あっちは四人くらいか。
「三分の二も取りやがって。ずりィですゼ」
二人が気付いて刀を構えるが剣先が揺れている。一番隊隊長の顔は随分有名なようだ。
化け物とでも思ってんのかねィ。それが病で長くないなんて信じられねェよなァ。笑って刀を引き抜いた。
一気に走り出して背後に回り込む。見えてはいないだろう、速さで負けるわけがない。
だから命が短いんだろうか。生き急いでる、てか?普通に生きてるつもりなんだけどねィ。自嘲して大きく振り被る。
血まみれプリンス、好きなものは赤いバラ。
枯れる日まで、今日も真っ赤に咲く。