花見グッバイデイズ





「…そりゃ何だ」

面妖な姿をした変人の域に入るであろうそいつに話し掛けたのは、休日とは言え、警察という職種に着いていたからだ。そうでもなきゃ、目の部分だけのへんてこな仮面を付けたヤツに近付こうなんて思うはずがない。しかも知り合いに。

「アレ?知らない?目かずら」

四文字の言葉を頭の中で繰り返す。メカズラメカズラメカズラ。呪文みてェだ。

「知らねェなァ」
「じゃあ、特別に銀さんが教えてあげよう」

偉そうな態度に腹が立ったが、よく見ればコイツの頬は薄く赤らんでいる。奇遇なことに同じ日に同じ場所で同じように呑んでいたらしい。 似るにも程があるんじゃねーか?それに、コイツがこんな有り様だということは、認めたくねーが俺も酷い有り様になってるってことだ。うげ、マジかよ。

「目かずらってのはね、厚紙製の目鏡状仮面で、酔客の俄芸を彩るもの。つまりは隠し芸での小道具」
「…なら手前ェはその仮面でどんな芸をする気だ?」

一歩近付いて挑発するように言うと、仮面の奥の目が笑うのが見えた。飄々としやがって。バカにされたようで腹が立つ。

「見て分かんない?」
「分かんねェよ」
「じゃあヒント。にゃー」

ヒントっつうかまんまじゃねーか、と思ったが、突っ込まずにふっと笑い、唇をゆっくりと舐めて濡らした。唾を飲み込む音が聞こえる。そんなに見るなら金取ってやろうか。

「そういや、春だったなァ」

不意に顔を上げ、風に吹かれて散る桜を見やる。太陽が橙色に染まり姿を隠そうとする夕暮れ。賑わいは闇が濃くなる程に増していく。不安げに様子を伺うヤツを見てにやりと笑みを向ける。


「猫の発情期は」


互いに唇を重ね、地面の上に縺れ込む。正に盛った猫じゃねーか。
自嘲しながら普段より熱い舌を絡ませ合う。酒の匂いが鼻に抜ける。

「珍しいね、誘うなんて」
「誘ってなんかねェよ。誘ってきたのは手前ェだろ」

鼻を鳴らして再び口付ける。俺は相当酔っ払ってるらしい。頭がまったく動かない。

「にゃー」

グッバイ俺の日常。