「20のお題」で連載している3Zの一年前。四人は同じクラス。
固い蕾。開花の予兆はまったく見当たらない。
桜前線は修正もあってここらで咲くのはまだ先になりそうだ。
日差しがようやく温かくなって来た今に咲けと言うのは無理があるかもしれないが、何だか釈然としない。
まぁ、新入生が桜並木の中で入学式を迎えられそうだからいいか、と思い直す。
自分でもらしくない考えだと思うが、終業式の長ったらしいくせに中身がない校長の話や、
休みのたびに繰り返される注意を欠伸を噛み殺して耐えた頭はボーっとして働かないのでしょうがないだろう。
太陽が眩しい。手で影を作りながら、昇降口を出る。
遠いようで近い四月。二週間ばかりの短い休み。
宿題が出るのは気に食わないが、休みで浮かれないヤツなんていないだろう。
剣道部は休み中も練習があるから浮かれる暇なんてないし、終わったら終わったで新入生を躍起になって奪い合わなければならない。
「なんて顔してんですかィ」
「…総悟」
「新入生入りやせんゼ。アンタの顔、ただでさえ怖いのに」
そんなに酷い顔になってるのかと溜め息を吐いて、頭を掻く。
今日はどうも調子が狂う。三百六十五日の中のたった一日。
大事な日だってあるだろうけど、学生生活で大事な一日と言ったら二年後の話だ。
たかが学期、学年の終わりで、なに感傷に耽ってるんだか。
「笑ったらどうですかィ?」
「は?笑う?誰が?」
「土方さんが」
………。
「てか、嬉しくも楽しくもねーのに笑えるかっつの」
「春休みは練習し放題ですゼ」
「宿題もし放題ってか?今回は助けてやんねーぞ」
「うぐ…」
進級できたのが不思議なくらいな総悟にとって、宿題は頭から消し去りたい出来事なのだろう。
夏休み、冬休みは前日になって突然押しかけて来た総悟に教え、もとい写させてやったがさすがにそろそろマズイだろう。
弱いところを突かれたようで総悟は恨めしそうにこちらを睨む。
ん?アイツ赤点ばっかり取ってた気がすんのに何で二年生になれるんだ?
疑問が浮かんだが、巻き込まれたくはないので思考を中断する。血は流れてないと信じたい。
「いいですゼィ、他のヤツに聞きやすから」
「他のヤツ?」
「なっ、山崎」
「えええ、俺ですか!?」
いつの間にか後ろにいた山崎に、総悟は喜色満面で肩に手を置いた。
手に力が篭もっているのも、山崎が痛みで涙目になっているのも見えない振りをする。心の中で合掌。
「そういや何で後ろにいたんだ?」
「あっ、そうだった。近藤さん見ませんでした?先生に連絡を頼まれたんですけど…」
「部室にはいなかったんだよな?」
「はい」
「…そしたら、一つしかないだろ」
「…ですよねェ」
山崎が溜め息にも近い返事を返すと、遠くから当の本人の声が聞こえた。
人目を気にしない大声と、打撲音の後の呻き声。
またか…。頭を抱えながらしょうがなく振り向く。
「近藤さん、大丈夫か?」
「うぅ、お妙さんに、来年こそ同じクラスになれたらいいですね!って言っただけなのに…」
「アンタのことだから必要ねェことまで言ったんだろ?」
「そっ、そんなことないぞ!同じクラスになれたら四六時中一緒にいれますね!朝から晩まで!って言っただけだぞ!」
「そりゃ殴るだろ」
お妙とやらに少し同情。
今でさえストーカー被害にあっているのに、同じクラスになって拍車を掛けられたら堪ったモンじゃないだろう。
というか言い方が悪かったんじゃないだろうか。朝から晩まで、って正に変態じゃねーか。
「まぁまぁ、同じクラスになるかもしれねーんだし、気ィ落とすなよ」
「うっ、トシィィ!!」
「確率はかなり低いですけどねィ」
「総悟っ!」
「…神様ァァ、お妙さんと同じクラスにしてくださいィィ!!」
手を組んで青空に向かって祈りだした近藤さんを見て、はあ、と息を出す。
モノに頼り過ぎじゃねーかなァ。願掛けする暇あるなら、頭使って落とし方考えればいいものを。
まぁ、近藤さんが考えたところで同じような結果に陥るのは目に見えているし、こういった決めたら一直線なところは長所だと思う。
行き過ぎてなければ、の話だけど。
「…加減ってモンを覚えろよ」
「土方さんもねィ」
「は?」
「近藤さん甘やかすのも加減ってモンがありまさァ。アンタのせいで被害増えてんじゃねェですかィ」
「え。マジで?」
「マジで」
初耳だ。
だがそう言われれば、確かに慰めれば近藤さんは復活して、また求愛行動を行うのだから、加担しているといえばそうなる。
近藤さんの役には立ちたいが、お妙があまりにも不憫だ。
「近藤さん置いて、昼食べに行きやしょうか」
「ちょっ、総悟、置いていかないでェェ!!」
「そうだな、そうするか」
「トシまでェェ、お父さんはそんな子に育てた覚えありません!」
「「育てられた覚えはねェ」」
見事にはもった俺と総悟を見て、山崎が笑いを噛み殺そうとして失敗していた。
滝のように涙を流す近藤さんを尻目に踵を返し、つかつかと歩みを進める。
すぐに追いかけて来るのは分かってる。アンタは傷付いても先に進める人だって知ってるから。
俺も総悟も山崎も、アンタに憧れてるんだから、ちょっとはかっこいいとこ見せろよな。
「でやぁっ!!」
「うぎゃ!」
「…うぎゃって…」
「山崎ィ、何か言ったかァ?」
「何も言ってません、聞いてません、知りません!」
ぶんぶんと頭を振る山崎を一瞥し、肩に乗っている顔を見やる。
「つか近藤さん、何してんだよ」
「トシが冷たいから仕返しー」
頬をぷぅと膨らませた姿があまりにも顔に似合わなくて、思わずぶっと噴き出した。
後ろから抱き付いて(むしろ突っ込んで)来て、するのがコレか。アンタいくつだよ。
「土方さーん、あと二秒で来なかったら奢りですゼェー」
「二秒で行けるかァァ!!」
叫びながら肩に持たれかかる近藤さんを連れて校門へと向かう。
身長差のせいで運びにくいことこの上ない。
悪態を吐きながら引き摺っていると、ふわりと香る匂い。
ごく自然に匂いの持ち主を顔は追っていて、けれどその顔を見ることは叶わず、黒い髪が風になびく様しか見えなかった。
言葉もなくその場に立ち尽くし、小さくなっていく後ろ姿をぼんやりと見つめる。
「トシ、勝負だ!」
大声にはっと我に帰って顔を正面に向けると、今までぐでぐでだった近藤さんが走っているのが見えた。
勝負って、えーと、校門までどっちが先に着くか、みたいな?
面倒臭ェとも思ったが、楽しそうに走る近藤さんの顔を見ていたら走りたくてうずうずしてきた。
青い空。もうすぐ訪れる春。つまりは青春。
息を切らして辿り着いて、呆れた顔をする総悟と山崎に口端を吊り上げてみせてやる。
同じように荒く呼吸をする近藤さんが豪快に笑い出して、釣られて笑った。
山崎も釣られて笑って、総悟は小さく口元を上げていた。
「なぁ、来年、同じクラスになったらいいな」
確率なんてそりゃァそりゃァ低いモンだと思うけれど。
なんたって青い春なんだから、夢を見たっていいだろう?
「土方さん、来年じゃなくて来年度ですゼ」
「うっせェな!一文字忘れただけだろーが」
「何言ってんですかィ、SとドSじゃかなり違いますゼ!」
「お前はアホの前にドを100個付けとけ!!」
日常と化した言い合い。
そうだ、たかがクラス替えで総悟の茶化しがなくなるわけがねェ。
「ま、不本意ながら俺もそう思いやすがね」
「俺もです」
「もちろん、俺もだぞ、トシ」
「………ハッ」
何を考えてたんだ、俺達がクラス替えごときで壊れるような仲じゃねーだろ。
きっと来年の今頃も、再来年の卒業式でも、同じような喧嘩をして、近藤さんと山崎が笑いながら見てるんだ。
日常が百八十度変わることなんてない。今までのようにこれからも続いていく。
別れではなく再会を願って、君に言おう。