昔々…というわけでもない過去、もしくは未来、または現在、つまりは誰も分からないところに、ある学校がありました。
銀魂中学校と言う名のその学校の3年Z組には、個性豊かな生徒がたくさんおりました。
銀髪の教師がする授業は授業と呼べる代物ではなく、生徒も授業をまともに受ける気などない者ばかりでしたが、その生徒の中の一人に、優等生が一人いました。
優等生と言っても周りに比べたら、の話ですが。
左目を包帯で隠した、小柄で少し口の悪い黒髪の男子生徒。
これは、そんな彼の不幸な一日のお話。
高杉晋助くんの一日
ふああ、と欠伸をしながら頬に当たる冷たい朝風に小さく体を震わせる。
それでも瞼は重たいままだったので乱暴に目を擦るが、眠気は飛びそうにもない。
あー、ねっみィ。
再び大きく口を開けるが、寒さのために睨み付けるような顔になってしまい、近くにいた人が遠ざかるが気にはしない。
馴れ合う気はないし、どうせもうあと数ヶ月の付き合いなのだ。
その間に前期入試や後期入試、推薦や一般やらが入るのだから、あっという間に過ぎてしまうだろう。
考えに耽っていると見慣れた校門が目に入る。
約二年半見続けて来たのだから当然なのだが、今まで考えていたことがことなので懐かしさを感じる。
って、まだ卒業してねェっつの。
感傷気味の自分を可笑しく思いながら玄関を通って下駄箱を開ける。
ぽす。とでもいう擬態語が似合いそうな様子で、何かが落ちたのが視界の端で見えた。
「あ?何だコレ?」
屈んで手に取るとペンギンかお化けのようなキーホルダーだった。
くるりと引っくり返したり下駄箱の中を見るが差出人は分からない。
悩んだがとりあえず鞄に付ける。ゴミ箱に捨てなかったのはそこまで歩くのが面倒臭かったのと、気紛れだ。
上履きに履き替えやる気なく階段を登る。
朝早い時間だからほとんど目に入らない人影も運動部ばかりだ。
二階の一番奥にある教室、三年Z組、それが俺のクラス。
ガラガラと扉を開けるが当然のことながら誰もいない。
壁際の一番後ろの机にバッグを乗せ、教科書やノートを取り出して椅子に腰掛ける。
校庭には声を掛けながら走る集団が見える。寒いのにご苦労なこった。
部活に所属していない自分にはたかが部活にそこまで掛ける意味が分からない。
机に頬杖を付きながら眺めていると背後でドアの開く音がした。
「おっ、高杉。今日も早ェなァ」
満面の笑みを湛(たた)えた近藤の顔を一瞥し、息を吐いた。
コイツは何で朝っぱらからテンションが高いんだろうか。
不機嫌そうなのを見てとったのか、近藤はそれ以上話しかけることはせず、
自分の席である廊下側から二番目の前から二番目、要は志村妙という女の後ろの席に向かった。
ごそごそと漁っているが探し物は見つからないらしく「アレ?アレ?」と素っ頓狂な声を上げている。
見れば袴を穿いている。そういえば剣道部の部長だったなァ、とおぼろげな記憶を探る。
「オイ、まだ見つからねェのか?」
近藤とは真逆と言ってもいいつんけんとした声。
よく通る声に視線をそちらに向ける。声で分かるし、そもそも近藤と一緒に行動してんのは大抵コイツだ。
「よ、土方」
「高杉。…おはよう」
「何か探しモンかァ?部活のか?大事なモンなら一緒に探すゼ?」
「いや、そうじゃなくて…。まぁ、大事っちゃ大事、なんだけどなァ…」
歯切れの悪さに探しているものが何か分かる。
近藤が志村妙にベタ惚れなのはクラス、いや学年、学校中と言っても過言ではないくらいのもので、
彼の言う求愛行動(世間一般で言うストーカー)は全校生徒誰もが知るものである。行動の一%も報われてはいないけれど。
そして切羽詰まった顔を見る限り、探してるものは。
「せっかく、昨日の授業中頑張って書いたラブレターだったのに!どうしよう、トシィィ」
やっぱり。
はああ、と溜め息を吐いた土方に思わず同情する。こんなことで呼び出されたら堪ったものじゃない。
幼馴染だから断ることも怒ることも出来ねェんだから、苦労性だよなァ。
「教科書に挟まってるとかってことはねェのか?」
「ノートも資料集も全部調べた!」
もう探すところないんだよォォ、と縋る近藤にしょうがなく助け舟を出してやる。
「……ほんとに机ン中に入れたのか?」
「当然だろ!昨日の五時間目の後、これは明日の朝に渡そうと思って机の中入れて……」
「入れて?入れてどうしたんだ?」
固まった近藤に土方が言及する。
固まった口。だらだらと伝う汗。せわしなく動く目。
「入れて……でもやっぱり見直ししようと思って鞄の中、に…」
「っ、たくアンタはなァ」
「ご、ごごご、ごめんよぅ、トシィ。今から探してくる!!」
「おい、まだ朝練ちゅ…ってもう聞こえてねーな、ありゃ」
全速力で走っていった近藤を見て呆れたように、けれど少し嬉しそうに笑う土方を見て、部活ってのはこういうのがいいのかもしんねェな、と思う。
自分の慕う人に教えを請い、その人のために努力する。
自分には尊敬する人なんていなかったし、義務教育なんてさっさと終われとと小学校の時から思っているので関係のない話ではあるのだが、ほんの少し、勿体なかったかな、と後悔する。
目の前の土方の顔は、自分の顔を見る気もなくなるくらい生き生きとしていたから。
「にしてもよく推測出来たな。頭の回転が早ェのか?」
「いーや、んなことねェよ。昨日たまたま近藤がバッグに手紙入れるとこ見てただけだ」
「…なんだよ、知ってたんなら遠回しに言うんじゃねーよ」
「だってつまんねェだろ?コレで少しは慌てようが改善されたらお前ェもいいだろ。ま、無駄だったみてーだけど」
「確かに」
くくくっ、と笑い合って、土方はハッとしたように顔を上げて教室の時計へと顔を向けた。
「悪ィ、早く練習戻んねェといけねーんだった」
「あー、ま、がんばれよ」
「やる気のねー応援だなァ」
「だってやる気ねェし」
土方は鼻で笑うとドアに手を掛け、廊下で立ち止まった。
まだ何かあんのか?訝しげに見ていると、あーだのうーだの唸り声が聞こえ、一体大丈夫かと不安になる。
「あーと、えー」
「なんだよハッキリしねェなァ。ビシッと言えよ」
「その……」
乱暴に閉められたドアが小さな悲鳴を上げる。
けれど直前に呟かれた言葉はちゃんと耳に届いていて、高杉は目をパチクリとさせ、自分の頬を摘まんだ。
『サンキュ』
夢じゃ、ねェよなァ。半信半疑のまま反芻して、ククッと笑う。
あの仏頂面でサンキュ、なんて似合わないにも程がある。責任感だけは大人みてェにありやがって。
でもそれを恥ずかしいと思ってんだから子供だよなァ。
思い出すと目元に涙まで浮かんで来て、手のひらでぬぐって息を落ち着かせる。
校庭からは掛け声が消え、整列している生徒が見える。
登校して来る生徒もちらほらと増え、騒がしさが朝を覆っていく。
不快だったこの時が、今日はあまり気にならない。
「ギムキョーイクも、悪かねェかもな」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが校舎に鳴り響いた。
ギムキョーイクなんてなくなっちまえ。
授業開始を告げるチャイムの音から五分ほど遅れて始まった担任の話に教科書を読む振りをしながら欠伸をする。
国語、しかも苦手な古典、よりによって銀八の授業。
これだけ揃っていて眠くならない方がおかしい。HRはあれほど騒がしいクラスも今はいやに静かだ。
クラスの半数以上が寝ているから自然なことではあるのだが。
必死で睡魔と戦っていたが限界を超えたのを感じ、諦めて瞼を閉じた。
こんな時期の成績なんて受験にゃ関係ねェし。
高杉が深い眠りに就いたのは授業開始二十分後のことである。
『将来は何になりたいの?』
『大きくなったら何がしたい?』
『どんな職業に興味がある?』
夢を語れと問い掛ける質問。最初は幼稚園の頃だったか。
以後飽きることなく小学校でも中学校でも繰り返される。
高校受験でも面接で聞かれることがあるから考えなければいけないらしい。
夢だ、なんていわれても幼い頃から自分には夢という類のものがない。
すべてがつまらないから早く終わってしまえばいいと思う。
そんなこと、優等生で通っているから親の前では口が裂けても言えなかったけど。
大切な人など誰もいないこの世界で、何を望んで生きろというのだろう。
こんな世界なんて壊れてしまえばいい。いや。
『壊してしまえばいい』
『俺は――先生を奪ったこの世界を許さない』
『俺はただ壊すだけだ。獣の呻きが止むまでな』
『高杉ィッ!!』
『俺には…』
「高杉、オイ、寝てんじゃねーよ」
「………んあ?」
頭に重みを感じて目を開ければ銀八の顔が見え、そういえば授業中だったとぼんやり思い出す。
垂れていた涎を慌てて拭い取り目を擦った。どうやら運悪く当たってしまったらしい。
「次、お前の番だからねー」
すぐさま席を立ち上がりパラパラと捲って読み始める。低い声は雑音がないためか教室によく響く。
ページも行数も言われていないが、黒板から指定された場所を推測する。分かったのは頭のよさからだろう。
本人は否定するが高杉が努力家であることは周りも周知の事実だ。
突っかかることもなく読み進めていくと背中に視線を感じる。熱心に聞いているのだろうか。
んなヤツこのクラスにいたっけな…。
「はい、そこまで。ありがとねー」
考えごとをしていたら時間が経つのは早いもので、へらへらとした礼の言葉に席に着く。
真面目に聞いていた生徒はほとんどいない。意味あんのかねェ。いや、ないな、絶対。
「ここで使われてるのは反語と言ってなー。
コレは何々か?いや、何々ではない。ってな具合で否定すんだ。
つまり、絶対何々だ、ってのを遠回しにしてんだな」
思考を読まれていたのかと思うほどのタイミングの良さ。
頬杖を付きながら口を隠して小さく笑う。
背後で何かが光を放ったことには気付かずに。
ぐぐぐ、と伸びをして軽く肩を回す。昼休み後の体育は胃によくないからなくすべきだ、と訴えたい。
昼休みはほとんどの生徒が遊びに行くから高杉の貸切状態になる。
人込みがあまり好きではない高杉にとって、朝と昼休みの時間は心安らぐ時間だったりする。
他の時間がおかしいんだけどな…。何でZ組になっちまったんだろうなァ。
まぁ、あと少しだけだし、と自分を慰める。四月から言ってる気がするけど。
あと一年、あと半年、あと数ヶ月。騙し騙し通う日々。
そうでもしなきゃ、きっと今頃は胃を壊して入院でもしていただろう。あと少しの我慢だ。
長く息を吐き出してシャツのボタンを外していく。
いるのはロッカーを兼ねている更衣室ではなく、使われなくなった男子更衣室。
シャワーもあって快適なのに使われなくなったのは狭さゆえだろう。
だが、昼休みにバスケやバレーだかをして汗を掻いたヤツがたくさんいる更衣室には絶対に行きたくない。
本来なら生徒が使用してはいけないのだが、辺鄙なところにあるここまで見回りに来る教師なんていない。
ボタンを全て外してシャツを脱ぎ、棚に放り投げ、体操着を被りぎゅっと引っ張る。
少しきつめの大きさが時の流れを実感させる。出来ればもうちょっと早く流れて欲しいものだけど。
気だるげにベルトを引き抜き、学ランが掛けられているフックの隣に掛ける。はたと動きが止まった。
………ズボンが、ねェ。
盗難に注意しろと口喧しく教師達が言っていたけれど、こんなとこまで来るヤツがいるとは思わなかった。
つかズボンを盗むヤツがいること自体信じられない。
だって、盗んでどうすんだよ?他人の使うのなんて嫌だろ、と考えて背中をぞぞぞと寒気が襲った。
明らかに自分に向けられている視線。
好意的か敵意的かも分からないが、第六感が警鐘を鳴らしている。
振り向いてはダメだと理解していても体はゆっくりと動いていて、振り返った視界の中に、そいつは、いた。
「ヅラァァァ!!何してんだてめェ!」
「僕はヅラじゃないです。誰かと間違えていらっしゃいませんか(裏声)」
ぶちぶちと束で堪忍袋の緒が切れていく。いたのは同じZ組の長髪がうざったいヤツだ。
手には俺のズボンがしっかと握り締められていて、頬がひくひくと引き攣る。
「おい、それ俺のだよなァ?何でお前が持ってんだ?」
乱暴に問い詰めれば、こともあろうか頬をぽっと染めやがった。
何十年前の女学生だお前は!話してるだけで頬を赤らめるな!!
何で今の時代に銃刀法なんてものがあるのだろう。日本刀があれば今すぐコイツを叩き斬ってやるのに。
想像すると体がうずうずとして来る。こんな時期に喧嘩なんて出来ねェし、したくもねェけど。しょうがねェな。
「…銀八に言うぞ。ヅラが人のモン盗んだ、って」
「俺はヅラじゃない!覗きの小太郎だァァ!!」
大声で叫びながら走って行った姿を呆気に取られたまま見送り、ぽすんとその場に座り込んだ。
覗きじゃなくて盗みだとか、自分の名前を出して犯罪行為をしていることを認めてるとか、色々と突っ込みたいところはあったのだけれど、気が削がれてしまった。
「あー、どうすっかなー」
桂が持って行ったのはここの卒業生らしい、西郷という人のズボンで。
「普通、サイズで気付かねェのかなァ…」
おそらく緊張していてそれどころではなかったのだろうし、迂闊さで助かったのだから文句は言わない。
棚の一番左下。何故かサッカーボールが詰められた棚。手を突っ込んでボールとズボンを取り出す。
軽くはたいてズボンを穿き、手を組んでううん、と伸びをした。
学校も悪くはねェかもな。くくくくっと無邪気な子供のように笑って更衣室の電気を消した。
学校なんてなくなっちまえ。
あれ、これ今日二回目の台詞じゃねェか?と思いながら手元の書類を睨み付ける。
なまじ優等生で通って来たために強制気味にさせられた学級委員。
推薦の得点稼ぎにいいかと簡単に了承してしまったことを今更悔いる。
卒業式が着実に迫っていることは分かる。分かるが、んなに切羽詰まらせてから回すんじゃねェよ!
自身の机だけでは足りず、周りの机も借りて載せた書類は全部で四山。
卒業式、卒業記念品、卒業アルバム、お別れ会。
それぞれクラスに意見を聞き集計をしろだの、案を書いて提出だのと書いてある。
「これ、提出期限過ぎてんじゃねェか。あのヤロー…」
歯軋りをしながら捲っていく。
放課後、掃除もなかったので早々と帰ろうとした矢先に引き止められ、何事かと思えば、
「うっかり渡すの忘れてたモンがあるんだけど、ちょっと職員室来てくれる?」
と有無を言わせぬまま引きづられ、今に至る。何がうっかり渡すの忘れてた、だ!ふざけんじゃねェよ。
舌打ちをして期限切れの書類をゴミ箱に突っ込む。軽量化完了。卒業式の山は半分になった。
「だーっ、くっそ、いつになったら終わるんだよコレ!」
誰もいない教室で吠えてみたけれど、寂しさが募るだけだった。
風にぶるりと体を震わせる。朝とは比べ物にならない冷え込み。
辺りはすっかり暗くなり、開いた口から溢れた白い煙がハイライトのように目立つ。
結局、あの後すべてが終わったのは七時を過ぎた頃で、体はこれでもかと空腹を訴えて来る。
めんどくせェからコンビニで買って食うかなァ…。
一日中変わらずに光る看板を見ているとぐるると腹が鳴った。パンかおにぎり、一個くらい買ってくか。
決断して足を進めてぴたりと立ち止まった。鞄を開けて財布を取り出す。戻す。
「……………」
チロルチョコっていくらだったっけ、と思いながら遠い目をする。
財布の中に入っていたのは十円硬貨一枚、五円硬貨一枚、一円硬貨三枚。しめて十八円なり。
うまい棒なら買えるが中学生になってうまい棒一本買うのは恥ずかしい。
またもや盛大に鳴ったお腹を抱えて我慢しようと溜め息を吐いた。
「アレ、高杉じゃん。何、今のすごい音」
地獄で仏。渡りに船。腐っても鯛…は違うな。元々そんなにいいモンじゃねェし。
「先生、お金貸してください」
「ええー、たかるの?教師って給料低いんだよ?」
「俺は優等生だからキチンと返します」
「授業、しかもよりによって俺の国語で寝てたのに優等生?」
「う……」
痛いところを突付かれ返答に困る。国語が苦手なんだからしょうがねェだろうがッ。
唇を噛んだまま睨み付けると腹の音が沈黙に響き渡った。
「っくくく、でけェ虫がいるんだな」
「笑うんじゃねェよ!」
「あ、お金だっけ。いいよ、貸したげる。何かお前見てると心配になってくんだよ」
「え?」
「毎日、学校なんてつまんねー、って顔してるし、国語の時間ン時は魘(うな)されてたしよ」
学校なんてつまらないとは確かに思っていたが、そんなに分かりやすく顔に出ていたのかと眉を寄せる。
それよりもさらりと言われたが、魘されてたというのは本当なのだろうか。
確認しようとしたが頭に手を乗せられ、顔を見ることは叶わなかった。
がしがしと掻き乱す手に不快を感じ文句を言おうと息を吸った。怒鳴りつけることは出来なかったけど。
「お前はまだ中学生なんだから、んなに気張んなくてもいいんじゃねェか?失敗したって許されるし、道を間違ったって戻れるんだよ」
『道を間違ったって戻れる』
「つか青春真っ盛りじゃねーか、羨ましいなコノヤロー。
俺なんてなァ、せっかく赤いマフラー買ったのに若作りって言われたんだぞ!この悲しさが分かるか!分かんねェだろ!!
オジサン悲しくて泣いちゃう…。あ、自分で認めちまった」
「俺には、他に道がねェんだ」
喉から勝手に飛び出した声は不気味なほど暗くて、悲しげで、切なげで。
自分の中の彼は何度もそう言った。戻る道などもうないのだと。自ら帰る道を壊してしまったから。
姿など見えはしなかったけれど、きっと彼は俺なのだろう。遠い昔の自分。輪廻なんて信じちゃいねェけど。
「………高」
「なんて言うヤツは、ほんとのバカだよな」
にやりと笑って言い放つと、銀八はきょとんとした顔をした。うわ、すげェマヌケ面。
「あ、先生、マフラーくれよ。寒ィんだ」
「は?何、え、自己完結したわけ?こっちもやもやしたまんまなんですけど。もしかして永久に謎のまま?」
「迷宮入り」
「ちょっ、気になって夜も眠れねェよ!」
「じゃあ寝んな」
「いや寝るけどね!これは物の喩えっていうか」
「じゃあマフラーよこせ」
「いいよ、あげるよ!うお、流された」
「撤回なんて大人らしくない真似、しねェよな?」
「あーあー、やりゃぁいいんだろ、やりゃあ!」
投げ付けられたマフラーを巻き、口元を埋める。
赤い毛糸のマフラーは空気を含んで温かい。あ、いや、コイツの熱か。
「先生、夕飯奢って」
「マフラー奪ったくせにんなこと言うのォォ!?」
「いいじゃんかよ。ほら、生徒とのスキンシップを図って」
「あと何ヶ月の付き合いィィ!?」
「俺、ガストがいいなー」
きゃんきゃんと子犬のように文句を言う銀八を尻目に口笛を吹いた。
たとえ帰る道を壊してしまっても、進む道は一つじゃない。望む道がないのなら自分で作ればいい。
彼がどうなったのかなんて知らないけど、彼にだって無数の進む道があったはずだ。
どれを選んだのかは正に迷宮入りだけれど。
「なァ、先生。俺達きっと、何年の付き合いになると思うゼ?」
これはそんな彼の不幸で。
ちょっぴり幸せな一日のお話。
クラスの友人への献上品。
3Z高杉を強請ったら、国語の授業で居眠りする高杉君と桂に着替えを覗かれる高杉君を描いてくれたので。
献上したところすごく驚かれました。人を驚かすのが大好きです(笑)