透明流星群青小話




トゥインクルトゥインクルお星さま
トゥインクルトゥインクル教えてください

「何だその変な歌」

聞いてたなら金払え、と思いながらこの部屋の持ち主である低い声に反応してころんと寝返りを打つ。今現在沖田がいるのは副長用の部屋であり、当然いるのは副長である土方だ。ならなぜ個室がある隊長の沖田がいるのかというと、ただ寝心地がいいという理由だけだ。
舌打ちをしたのが聞こえ、我が物顔で畳で寝ていた沖田は傍若無人振りを発揮しながら(本人曰く可愛いわがまま)ようやくアイマスクを上げて不機嫌そうな顔を嫌々視界に入れた。

「あーあ、起きた時に見るのがアンタの顔なんてついてねェなぁ」
「じゃあ、ここで寝るな」
「ここが一番寝やすいんでさァ」
「ほほぅ、それは仕事中の俺に対する嫌がらせか?」
「やだなー、土方さんってば自意識過剰。そうに決まってんじゃねェですかィ」
「合ってんじゃねェかよ!!ったくよー…」

怒りは呆れた溜め息にかき消され、八つ当たりか煙草が短い命を終える。そんなにイライラするなら出てけとか言やいいものを。アンタは俺を甘やかし過ぎですゼ。
俺は優しいからねィ、しょうがないと恩着せがましく口を開く。

「これは魔法の歌でさァ」
「魔法…ってお前なぁ…」
「土方さんが早く死ぬようにって魔法でさァ。早く効き目出ねェかねェ」
「…勝手にやってろ」

あ、見捨てた。そっぽを向いた土方さんの様子をしばらく見ていたが背中が動きそうにもないことが分かり、またアイマスクを下ろして今度は障子に体を預けてすぅと深く息を吸った。
トゥインクルトゥインクルお星さま
不安定な声がメロディーを紡ぐ。音域は曖昧で、少年というほど純粋でもなく、大人のように割り切ることなど出来ないさまを表すようだ。
トゥインクルトゥインクル教えてください
真っ暗な視界の中で音が星のように光り、煌めいては消えていく。消滅する姿を何もせずにぼんやりと眺めていると眠気か襲って来る。光を掴もうとして、やめた。どうせ無駄なのだから。あっけないものなのだ、歌も、命も。


切り捨てた、今となってはタンパク質の固まりでしかないそれが路上に転がる。数秒前は生き物で、今となってはただのモノ。それで俺は「鬼」らしい。人間ってのは面白いモンだ、何にだってなれるんじゃないだろうか。ごろごろと地面に転がった数える気もしない体を見ながら自嘲して血に塗れた刀で風を切ると一筋の赤い線が地面に刻まれる。死体と自分達との差。僅かでとても大きな差。俺は少し力を持っていて、だから生きた。もし相手が俺より力を持ったヤツだったら今頃転がった死体は俺だったかもしれない。真選組随一の剣の使い手と言われてもその不安は消えない。
なぜ俺は死ぬことを恐れるんだろう。…違う、そんなことを考えていたら刀なんて握れない。恐れてはいけない、死を受け入れろと俺に教えたのは道場のじじいだったか、近藤さんだったか、それとも。

「総悟、そっち終わったか」
「へぃ」

死の悲しみも辛さも知っているこの人だったろうか。

「案外早く終わりやしたね、もっと手こずるかと思いましたけど」
「まぁ、この寒さじゃ普段刀握ってない奴は動けねェだろうからな」

チャキと小さな音を立てて刀が仕舞われる。手馴れた動きを眺めていると土方さんは溜め息を吐いた。その息が白く変わるのを見てテレビの天気予報を思い出す。確か、今冬一番の冷え込み、とか言ってたなァ。冷えてしまった手を擦り合わせて息を吹き掛けると夜空が目に入った。

「土方さん、星の作り方知ってますかィ?」
「星だァ?…あの、空にある?」
「この空にある、星でさァ」

頭上を指差しながら言っては見たが、人工的な灯りのせいで星はちっとも見えなかった。多摩にいた頃は道場から帰る時に毎夜空一杯の星を見たものだ。姉上に手を取られていたガキの時も、一人で帰るようになった時も、無愛想な黒猫と一緒に歩いた時も、空にはいつも満天の星があった。江戸に来て夜になっても昼と変わらない明るさに驚き、真選組という名を授かってからは夜空を見上げる暇もなくなった。こんな風にたまに見上げる機会があっても星なんて見えやしないけど。

「それにしても、何で急にんな話持ち出して来たんだ?」

ぶっきらぼうな言葉にきょとんとした顔を向けるとあからさまに眉を寄せて不機嫌な顔をする。分っかりやすい人だなァ。心の中で笑うはずが気付かない内に口から漏れ出てしまったらしくジトリと睨み付けられる。失敗したと今度はちゃんと心の中で舌を出して夜空を見上げた。

「大層な理由があるわけじゃねェですよ、俺ァ頭が空だから」

ただ俺は。


「星になりてェんでさァ」


「………総悟」
「何変な顔してんですかィ。あ、もしかして真面目に考えてたんですかィ?星なんて作れるわけねーでしょうが。ロマンチストも大概にしといた方がいいですゼ」

おお、気持ち悪ィっ。腕を擦って笑いながらくるりときびすを返すと靴底がぬるりと滑った。どうやら水溜まりに足を突っ込んでしまったらしい。…ついてねェなァ。そもそも今日の自分はどこかおかしい。人斬り同然の仕事をしている自分が星について考えるなんて。真選組切り込み隊長沖田総悟が星のことを考える?にっあわねェ。あ、近くに俺より似合わない人がいたか。
返事がない。まさか本当に考えてんのかね、あの人は。名前を呼ぶために振り返ろうとして、左足が動かなかった。縫い付けられたような、掴まれたような。白色の物体が足にまとわりついている。叫び声と刀を抜くのとではどちらが早かっただろうか。

赤が散った。


昔、きらきらと輝く星を求めたことがあった。ガキの頃の話なのにそのことは今でも覚えている。自分より大きな近藤さんなら取れるんじゃないかなんて考えて頼んだこともある。
『星はな、俺達の頭ン上のその上の上くらいにあるんだ。だから取れねェんだ、ごめんな』
謝る近藤さんに俺は星は望んではいけないものだと知り、以後戯言を言うことはなくなった。それなのに、何で今こんなことを思い出してるんだろう。ここは見渡しても黒しかないのに。……ここはどこだろう?

1、夢の中、2、真っ暗な部屋、3、死後の世界。
さぁ、どこでしょう?

問い掛けても答えはなく、辺りはシンと静まり返ったままだ。ノリの悪い客だねィ。悪態を吐いて見えない床に座り込む。正解は4、俺にも分からない。ほんとに、ここはどこだろう。でも分かるのはきっとアイツのせいだということ。そうじゃなきゃいたいけな俺がこんな目に会うはずがない。土方のバカヤロー。朧気になっていく意識のままに闇に身を委ねた。


…ル……ル……
身じろぎをして目を開くが視界は変わらずに真っ黒だった。目を凝らすのが無意味なほどの暗闇。誰もいないと思っていたけれど。
トゥインクルトゥインクル…
今度はしっかりと聞こえた声に寝ぼけ眼をパチリと開く。誰かいる。近くで歌っているのか、遠くで歌っているのかは分からない。コンサートみたいに遠くのようで、隣で囁かれてるようにも聞こえる不思議な感覚。なのに、不快感はない。

まるで星の声だ。想像もつかない長い時を生きる星。
掴めそうで届かない、手に入りそうですり抜けていく。

星は消える直前が一番キレイだと聞いたことがある。一際大きな光を放ち、爆発して消滅する前のその一瞬が。例えるなら花火。星も花火も仰ぎ見ることしか出来ないものだけれど。がしがしと頭を掻いて思考を中断する。
とりあえずそれは置いといて、ここから出るのが先決だ。何時間寝たか分からないが、あの人が怒っているのは確実だろう。別に怒らせておいても全然構わないんだけどねィ、きっと近藤さんが心配してるだろうから。

トゥインクルトゥインクル…
足元も自分の手も見えない状態で動くのが危険だとは分かっている。だが、これ以上じっとしていられるほど自分は気が長くない。
トゥインクルトゥインクル…
幸い刀は刺さっているし、突然襲いかかって来ても殺気には敏感だしその後同じ状況で戦うのなら負ける気はしない。
トゥインクルトゥインクル…

「だーっ、うっせェなァァ!」

考えに耽っている間にいちいち耳に入る声に何かがぷちりと切れた。

トゥインクルトゥイクル「おーほしさま!!」

投げやりに叫ぶと自分の声が反響して小さくなっていくのが聞こえる。荒く息をしてほっと息を吐くと下に白い点があった。慌てて後退り見ると点は発光している。

「いやいや、そんなメルヘンなことがあるわけ」

トゥインクルトゥインクル…
再び聞こえた声にびくりと体を震わせる。不気味な沈黙に背中を汗が伝う。辺りを警戒するが人気は感じない。左手で刀の鞘を掴みながら恐る恐る口を開いた。

「…教えーてください」

万が一に備えて刀の柄に右手を掛けて固まる。暫くの間があり、目を刺す強い光が現れると思い目を覆うが、予想とは正反対の淡い光が十数個、少し遠くで輝いていた。近くに寄ろうと足を運ばせると耳に馴染んでしまったあの声が聞こえ、無意識に歌が口からこぼれ出ていた。言葉を紡ぐ度に呼応するかのごとく、星が現れる。パァッと散るように光る星に向かって微笑んで大きく息を吸った。
透明な声と柔らかな声が重なり響き合う。気付けばスキップをするように歩き回り、飛び跳ねていた。闇に向かって囁くように歌えば小さな星が、腹の底から遠くへ歌えば大きな星がきらきらとその姿を輝かせる。星が増えるに従い、闇の色が深い紺色だということが分かる。キレイな色だ、青空よりも。

何度もフレーズを繰り返していると考えなくとも歌詞がすらすらと流れる。辺り一面に溢れる星々を見ながら足を止めて息を整える。星の光によって見えるようになった膝に手を当てて空気を必死に吸い込んでいるとあのフレーズが急かすかのように繰り返される。
トゥインクルトゥインクル…トゥインクルトゥインクル…

「ちょっとは休ませろっつうの」

言葉の端々からは怒りではなく嬉しさが溢れ、実際総悟の口元は弧を描いていた。楽しい。それに懐かしい。子供ン時に戻ったみてェだ。風貌から近所に友達と呼べる者はいなかったし作ろうとも思わなかったが、小さい頃はよく姉上が歌を歌ってくれたものだった。その声は透き通っていて二人しかいない家によく響いた。ガキだった俺はその度に眠ってしまったけれど、何てもったいないことをしていたんだろう。あの歌声はもう二度と聞けないのに。
下を向いていると涙が零れ落ちてしまいそうで顔をゆっくりと上げ、足を踏み出そうとして違和感に気付いた。動け、ない?ぞわっと背中に悪寒を感じて闇雲に足を動かそうとするが、足に纏わり付くものはびくともしないばかりか下に引きずり込まれる。真っ黒な暗闇に――。

「やめろッ」

右手を腰に伸ばすが手は虚しく空を切った。慌てて腰回りを触るが刀は影もなく消え失せている。

「一体どうなって…」

ぐいと足を引っ張られ、喉がひゅうと声になり損ねた息を漏らした。バランスが崩れた体を立て直そうとするが左足は既に闇に飲み込まれていた。得体の知れないもの。どこか知らないところ。恐怖が体を包む。

「やめろっ、離せ!!」
「刀がなきゃ何も出来ねェのか?」

突如聞こえた声に動きを止める。辺りを窺うが星々は消え、また自分の体は闇に覆われ見ることが出来ない。震える喉から声を絞り出した。

「……誰だ」
「刀振り回したって手に入らねェモンもある」
「………」
「分かってるだろ?」

酷く聞き覚えのある声に頭の中を必死に掻き回す。いつも聞いている声。身近過ぎて分からない。これは誰だ。

「なぁ、総悟」
「……土、方、さん?」
「刀なんて持たなくていい」

突き放すような言葉も、中に優しさが込められた声も記憶のそのままで、昔に同じ問い掛けをされたことを思い出す。

「俺は…俺は…」

真選組が発足する前の、多摩に住んでいた頃のことだ。道場で木刀を振るうのとはわけが違う、人を殺すことになる。お姉さんと離れることになる。お前はここに残ってもいいんだ。近藤さんはしきりに言い聞かせては止めようとしたが、俺は決して首を縦には振らなかった。
出立の日の朝、それも朝日が昇る前、彼が毎朝人知れず練習している丘へ行った。早朝の寒さか人気はなく、ひんやりとした空気が漂っていた。彼は突然の訪問者に驚いた顔をしたが、ぶっきらぼうにこっちに来いと呼び掛けた。どうしたのか、など詮索はして来なかったし、俺も口を開かなかったから沈黙が流れたけれど、何故だか居心地は悪くなかった。はぁと息を吐くと白く変わり、その様を見ていた時だった。

『刀なんて持たなくていい』

横を見れば真っ正面を向いている顔が目に入り、現れ始めた太陽に照らされた顔に、認めたくはないけど、見惚れたのを覚えている。こちらを向こうとしない横顔に言い放ってやった言葉も。

「確かに刀捨てりゃァ体は軽くなる。楽になる。けどな」

アンタが止めても、迷惑に思っても、俺の幸せを考えての言葉だとしても。


「俺はアンタについてくって決めたんだ」


確かに俺は刀がなければ何も出来ない子供だ。刀を振り回しても手から零れ落ちたものだってある。それでも俺は刀を持つ。人を殺す。

「アンタは憎いし殺せるものなら殺したい。でもなァ、尊敬だってしてんだよ」

守るべきものを、守る術を教えてくれた。例え守れないものがあったとしても、死ぬまで諦めないことも。

「だから、あの人のフリをしたお前を、俺は絶対ェ許さねェ」

もし死と紙一重の状況だったら、足掻いてもがいて生きてやる。あの人はキレイな死より、汚い生の方が喜ぶから。顔には露にも出さねェけど。左腰に手を伸ばす。馴染む感触。
ねェ、知ってましたかィ?こんな時に浮かぶのは、姉上の顔じゃなくてアンタの顔なんですゼ?帰ったらちゃんと責任取れよコノヤロー!

「うおおおおおおお!!」

咆哮が闇を震わせた。


トゥインクルトゥインクルお星さま
トゥインクルトゥインクル教えてください

…うるせェなァ、もうちょっと寝かせてくれよ。眠いんだ。

トゥインクルトゥインクルお星さま
トゥインクルトゥインクル教えてください

まだ周り真っ白じゃねェかィ。朝日が昇ったばっかりの時間に起きたってすることねェよ。

トゥインクルトゥインクルお星さま
トゥインクルトゥインクル教えてください

あーっ、起きろっつうなら起きてやるよ!しょうがねェなァ!!

「………あ?ひじか、さ?」

口を開くとがらがらした声が出た。喉の調子がおかしい。舌が縺れる。咳払いをすると肺が激しく痛んで眼前が黒で覆われた。開いていた口からゆっくりと液体が流し込まれ、喉を潤し、同時にピリピリと伝わる僅かな痛みが意識を少しずつ浮上させる。靄が掛かったような視界は晴れ、ぼんやりと部屋の輪郭が見えて来る。すべてが真っ白だ。天井に壁、寝かされている布団、シーツの白さが眩しい。屯所じゃ、ねェな。

「びょ、いん?」
「ああ。ちなみに丸一週間ずっと眠りこけてた」
「げ、マジですかィ?あーぁ、新作の菓子が…。もっと早く起こしてくれればよかったのに…使えねェなァ」
「お前は人を何だと思ってんだよ!?」
「道具」
「……はぁ。ったく使えなくて悪かったなァ、新作菓子だったか?買って来てやるよ」
「え。…本当ですかィ?」
「何だよその目は。買って来てやんねーぞ」
「いやいや、頭でも打っちまったのかと思っただけですゼ。そうかそうかそれで病院にいるのかー」
「違ェッ、俺はただお前が心配で!……あ」

誘導尋問に見事に引っ掛かり口を滑らせた土方さんを見てにやりと笑う。根は素直なのだからわざわざ組の悪役になんてならなくてもいいのにねィ。近藤さんへの信頼を絶対のものにするにはしょうがないとは思うけども。

「へぇー、心配で。鬼の副長さんが俺のことをし、ん、ぱ、い!」
「うっせェな、いちゃ悪ィのかよ」
「あーあ、この人開き直りましたよ。立て篭もり犯とかで開き直ったヤツって性質悪ィんですよねェ」

にたにたしながらからかっていると体重がずしりと掛けられる。寝ている自分の体に密着した体に文句を言えばガラスを扱うかのように上半身を持ち上げられ、しっかと抱き締められる。顔は肩口に埋められ表情を窺うことは出来ない。

「…誰ですかィ、こりゃァ」
「俺がどんだけ心配したか知らねェだろ」
「心配たって大した傷じゃねェんでしょう。大袈裟な」
「死ぬとこだったんだ」
「へ?」
「本当に、死ぬとこだったんだ」

切羽詰まったらしからぬ声に問い掛けようと首を捻るとずきりと鋭い痛みが走る。強過ぎて最初は分からなかったが、治まるにつれて上半身に怪我を負ったことが分かる。服にしがみついていると白色の錠剤を口の中に放り込まれる。ここは何でもかんでも真っ白なんだなァ、とぼんやり考えながら注ぎ込まれる水と共に薬を飲み込む。苦い。眉を顰めていると左胸をすすすと指で撫でられる。

「右の脇腹から胸まで一太刀。もう少しで心臓に届いてた」

道理で痛いはずだ、と不謹慎にも思う。死を実感するのは難しい。死から逃れた状況でもそれは変わらない。漆黒の髪を見ながら輝く星を思い出す。あの星達は俺が奪った命だ。だからあんなにも尊く煌いていた。なら、あの声は誰だった?

「土方さん、あの歌、歌えますかィ?」
「あの歌?」
「魔法の歌」
「覚えてねェよ、あんな変な歌詞」
「ま、確かにこの人があんな声出したらドン引きだよなァ…」
「オイッ、今何つった!?」

怒声を聞き流しつつ、声を記憶の中から引っ張り出そうとする。あの声がどんどん離れていく。思い出せなくなっている。透明でキレイで星のような声。

「なら聞かせろよ」
「…俺がですかィ?」
「他に誰がいるんだよ。覚えてやっから歌え」

何でこの人は買って来てやるとか覚えて来てやるとか上から言うんだろう。釈然としないまま水を強請り、しょうないですねィともったいぶって息を吸った。消毒液の匂いが鼻に抜けた。

トゥインクルトゥインクルお星さま
トゥインクルトゥインクル教えてください

「オイ、痛むのか?」

慌てた様子の声に首を横に振ると涙がぽたぽたと布団に落ちた。


ああ、何だ、あの声は俺じゃないか。


助けてくれたと思っていたのは、自分で自分を導いていただけじゃないか。そんなわけがないのに、姉上だったらよかったのに、と自分は思っていた。問い掛けたのも自分自身だ。刀を持つことにほんの少し疑問を持ってしまったから。俺は人間でも鬼でもなく、

「星に、なりたかった」

から。血に塗れた手は洗ってもキレイにはならないけれど、星になれば輝けるんじゃないか、と甘い希望を抱いていた。滲む視界を見せまいと俯いていると、頭に軽い重みがあった。


「お前の髪、金色だろ。星の色にそっくりだ」


「………ロマンチストも大概にしといた方がいいですゼ」
「てめェはなァ」

本気で怒っているわけではない声を聞きながら、絶対に顔を上げないように布団を握り締める。俺の顔はぐちゃぐちゃで見られたモンじゃないだろうから。

「アンタはロマンチストじゃなくてバカでいてくだせェよ」
「あぁ?喧嘩売ってんのか?」

そう、その言葉に俺がどれだけ救われたかなんて、知らなくていい。

「あ、そうだ、菓子買って来てくだせェ。言ったじゃねェですかィ」

目元をごしごしと擦り急に話題を変える。は?と情けない声を出した土方さんは気にせずに、机に載せてあった真っ白なメモにボールペンを滑らせる。屯所に煙草屋、レストラン、茶店。時々犬なんかも書きながら。あ、目つきの悪ィ黒犬にしてやろ。

「朝10時からの発売ですけど早くから並んでくだせェよ。多分すげェ人気なんで。あ、それと菓子の名前言わなきゃ買えませんからねィ」

菓子屋の場所に星を書き、落書きに近い地図を渡す。疑問符を浮かべながらも了承する土方さんにひらひらと手を振って意識を闇に放り投げた。


その後、俺は丸三日間寝たらしかった。痛みは和らいでいたため、起き上がって見回すがあの人の姿は見えない。胸に少し痛みを感じながら水差しから水を飲むとドアが開く音がした。振り返る前にどさっと置かれた量に目を見開き、思わず吹き出す。布団の上に置かれた(投げられたが近い)袋は、きっと20個だ。1日20個限定だから。おそらく恥ずかしさと焦りで「あるだけ全部」なんて言ったんだろう。目付き悪ィから脅されていると思われたのかもな。くくくと笑って袋を手に取る。手のひらに収まる和紙の袋。留めている針金を外し、中を見て微笑む。袋に詰まった黄色の金平糖。

「『お星さまにお願い』するのも悪くないですねィ」

不機嫌極まりない顔を尻目に笑いながらぽんと口に放り投げて噛み砕く。呆気なく形は崩れ、甘さが口に広がる。堪能していると視界が90度変わり、袋は重力に従い落下し、倒れた。

「あ、零れた。もったいねェ」
「まだたくさんあんだからいいじゃねェか」

布団に零れた金平糖の一つに金箔が貼られたものを見つける。一袋に一つしか入っていない金色の金平糖。照明でキラキラと偽物の光を放っている。

星に似せた菓子はけして星にはなれない。けれど、それを求める者もいる。

触れ合う唇の冷たさと入り込んで来た舌の熱さとの差に目眩がする。合わさった目に欲望が色濃く映っているのが見えた。あぁ、欲情してらァ。俺もだけど。火傷しそうな舌に自分の舌を絡ませた。キスは消毒液のようにとびきり苦く、曖昧になっていく意識の中、遠くであの歌が聞こえた。残念だけど、教えて貰うことなんてねェんだよ、もう答えは見つかったから。


俺は人斬りだ。人にも鬼にもなれない。
それでも俺は願う。この暗闇を照らす星になることを。






























一番最初のフレーズを思い出したので星に関する話にしてみました。曲名も何も知らないのですが。
これでアキバ系の曲だったら泣けるな…。でも雰囲気そんな感じだったんだよな…。
題名はお好きなように読んでください。自分でも読み方が分からないので(苦笑)