魂が巡る、思い出が甦る。
記憶は重なり合い、自己を形成する。
過去も未来も全て含めて人間は生まれる。
自分を見失うな。
名も知らぬ君の元へ
「ふんふふー、ふふふふ、ふふふーんー」
鼻歌を奏でながら、スクーターに乗っている人物と同じような気の抜けた音を立てながら走っていく。
ヘルメットにゴーグルを付けた男の顔はほとんど見えないが、隙間から覗く髪は光を反射して人々の注目を集めている。
本人は視線を木にする様子もなく鼻歌を歌いながら、サビに入ったためか少しスピードを上げた。
風を切る音が耳に聞こえるほどエンジンは回転し呻き声を上げた。
「ふふ〜、ふふんー、ふふふ、ふふんふふふっふー」
「…さん!ギンさん!!」
声を掛けられ少しばかり高くなっていたテンションがいつも通りのローテンションに戻る。
喧しいエンジンを止め後ろを振り返ると、シンパチがぶかぶかのヘルメットの下から睨み付けていた。
「ちゃんとホテルの宣伝してくださいよ!」
「あー、悪、気持ちよくってよー」
「いいですね!」
「はーい」
適当な返事をしながら手を振りグリップを掴み、思いっきり回すと、スクーターの上体がまるで馬のように持ち上がり、着地したかと思うと凄まじいスピードで走り出した。
非難の声が聞こえた気もしたが無視して顔に風を受けていると自然に笑っている自分に気が付いた。
スクーターっていいなァ。バイクのようにスピードを追求するわけではなく、自転車のように体を疲れさせることもない。
まるで、風を楽しむためにあるもののようだ。
スクーターなんて初めて乗るのにな…。
疑問を持ちつつぼんやりと風の心地良さに浸っていたために、視界に突然現れた姿に反応するのが一瞬遅れた。
『Stop!!』
身体が大きく揺れて目の前が一瞬真っ白になり、目を開けると、スクーターが横転して地面に転がっているのが見えた。
白い車体が粉っぽい茶色の土に塗れている。
せっかくキレイにしたのに…とぼやきながらヘルメットを外して軽く頭を振り、近くに倒れていたシンパチの肩を揺らす。
「おーい、起きろー」
「……アンタは安全運転って言葉を知らないんですか?」
「いや、急に飛び出してきた方にも責任はあるよ、うん」
「まったく前見てなかったようですけど…あ、飛び出て来た人は…」
ギンとシンパチは揃って同じ方向を向き、揃って目を逸らした。
地面に横たわる小柄な体。薄汚れた赤色の半袖と半ズボンに映える肌は白を通り越して青白くなっている。
「マズイですってアレ!人引いちゃったじゃないですか!!」
「な、何言ってんだよ、シンパチクン。ああ見えて実際はピンピンしてんだよ、な、お譲ちゃん」
横向きに倒れている体を仰向けにしようとすると、少女の腹部からドロッと赤い液体が流れ出て、ギンとシンパチは声にならない悲鳴を上げた。
「ど、どうすんの。どうすんのコレ」
「知りませんよ!とりあえずホテルまで運んで…」
シンパチの背中に倒れていた少女を背中合わせにして縄で縛り乗せたスクーターは、
時折人にぶつかりそうになりながら猛スピードで駆けて行く。少女はぐったりしたままピクリとも動かない。
「マジでヤバイ。どれくらいヤバイかっていうとマジヤバイ」
「言葉遊びしてる場合じゃないでしょう!」
ギンの精神がパニックに陥っている事には気付かずシンパチは怒鳴り声を上げた。
当然ギンの耳にはシンパチの声は届いていなかったのだが、大声のためか、違う人の耳には届いたようだった。
「いたぞ!」
「捕まえろ!!」
「え、ちょっ、何!?」
低くドスの聞いた声にシンパチが顔を後ろに向けると、黒く光るものがシンパチに向かってまっすぐ向けられていた。
ヒュッと息を吸った音が聞こえた。もうダメだ、ボクは撃たれて死ぬんだ、いいことない人生だったなぁ…。
諦めて目を瞑ったシンパチは数秒経っても何の衝撃もないことを不思議に感じながら恐る恐る目を開けた。
ひゅー、と出来損ないの口笛のような音がした。パッチリと目を開けた少女の目は肌と同じく色素が薄いためか水色をしていた。
「危なかったアルネ」
「え、え、ぇぇえ!?」
思わず声がひっくり返ったのはしょうがない事だろう。少女の手には、彼女に似つかわしくない無骨な銃が握られていたのだから。
「え、何!?何なの!?」
「うるさいアル、ぶつけられて頭クラクラするのに…。静かにするヨロシ」
言われたとおりに口を噤むと気まずい沈黙が流れる。びゅぅぅぅぅ、と風の音が聞こえるだけで三人の誰もが口を開かない。
銀さんに話しかけたほうがイイのかな、でもギンさんから話しかけてこないってことはコレはスルーするべきなのか?
もやもやとシンパチが心の中で考えていると、少女がアア!と大きな声を上げた。
「っ、な、何!?」
「……トマト潰れちゃったネ…」
「ん?」
ボクは聞き間違えたのだろうか、彼女の口から野菜の名前を聞いたような気がする。目を瞬かせてシンパチは少女に問い掛けた。
「ごめん、何て言った?」
「トマトが潰れちゃったアル…。熟れてておいしそうだったのに、ワンピースも汚れちゃうし、今日は付いてないネ…」
少女はシャツの中に手を突っ込み、ぐちゃぐちゃに潰れて原型をなくしたトマトを取り出した。
手からはトマトの汁がぽたぽたと垂れ、ズボンに垂れていく。
「血じゃなくてトマトかよォォ!!心配して損した!ほんと損した!」
「何言ってるネ、一大事アルヨ!人が必死の思いで盗んで来たのに」
唇を尖らせて不満げに呟かれた言葉の一つが引っ掛かり、シンパチは言葉を繰り返した。
「盗んで来た?それ、盗んだものなの…?」
「……だって、そうでもしなきゃ生きていけないネ」
「その銃は、盗みのために使ってるの?生きるために人を殺してるの?」
「……………それのどこが悪いネ?」
目を逸らして呟かれた少女の言葉に、シンパチは目の前が真っ暗になるのを感じた。
ぐらりと体が揺れて倒れそうになって、目の前の服にしがみ付いた。
『目的のためには手段を選ばない、それのどこが悪いネ?――――も――もそうして生きて来たデショ?
私はこのクラブを歌舞伎町ナンバーワンにしたい。そのためには手段を選ばない』
「っい、な、何、今の…」
突然頭に流れた声によってもたらされた頭を揺さぶるような痛みに頭を抱えながら、前を見るとギンの顔は真っ青に染まっていて、今にも倒れそうだった。
手は置かれているに近く、ハンドルを握り締めていない。バランスを失えばスクーターは今にも倒れてしまいそうだ。
「ギンさん!?」
「俺は…俺は人を殺した。生きるために何人も何人も…」
「ギンさん?どうしちゃったんですか?」
「俺がしたことは正しいことなのか?あんなにしてまで生きる必要が俺にはあったのか?俺はあの時」
「ギンさん!僕の声聞こえますか!?」
ギギギ、とスクーターがゆっくりと蛇行しながら止まり、ギンは白くなった唇を開いた。
「………新八?」
張り上げた声に対して返された名前は、明らかにカタカナではなく漢字で。異様さに体が震えた。
今では人の名前に漢字を当てることはなく利便性のためにすべてカタカナで表記されるようになっている。
昔に使われていた言葉もそうだ。使わないから習う機会もない。
なのに、何で僕はギンさんの言った名前を漢字に出来た?疑問と同時にどっと記憶が押し寄せた。
『私と一緒にこのクラブを歌舞伎町ナンバーワンにするネ!』
『二十数年バカやってきたからな、今更バカげたことやったって変わんねェよ』
『しょうがないですね、僕も乗ります』
呆れたように肯定の返事をしているのは、僕…?
そうだ、彼と一緒に乗っていた車の前に突然女の子が飛び出して来て、叫んだんだ。
馬鹿らしいと一蹴したのに、夢物語に盛り上がって、三人で笑ってた。
最初は順調でお客さんも増えたのに、途中から崩れて、三人行き違いになって、心が赤く染まっていった。
『夢は他人の大切なモン奪ってまで叶えるモンじゃねェ。俺達は、間違ってる』
『邪魔しないで!二人は私の言ったとおりにしてればいいネ!邪魔なヤツ殺すのに理由イラナイ』
『このままじゃ誰も幸せになれない。だから僕はアンタを信じます』
話し合えば元通りになると思っていた。前みたいに笑ってバカ騒ぎ出来ると思っていた。
割れた瓶が元に戻ることがないと知っていたのに。零れたシャンパンを掻き集めても元の量には足りないと分かっていたのに。
『お願いします。また三人揃って笑えるようになりたいんです、』
「金、さん」
「…もしかして、金ちゃんと新八?私神楽ヨ!」
「神楽?あの神楽さん!?クラブオーナーの?」
「そう!…まさか、生まれ変わって二人に会うなんて思ってもいなかったネ」
「僕だって会うなんて思ってませんでしたよ!生まれ変わりなんて信じてなかったし、あんな別れ方したから…」
「昔のことぐじぐじ言ってもしかたないネ、すべて終わったことヨ。ね、金ちゃん。…金ちゃん?」
縄を慌てて外してカグラはギンの元へと駆け寄った。顔色が心なしか青くなっているように見える。
まるであの時のようだと思った。僕たちが最後に顔を合わせた、あの時のよう。
『何で私の言うとおりにしないネ!私の邪魔するならみんなみんな消えちゃえばいいアル!』
『もう止めろ、これ以上自分を傷付けるな』
『うるさいアルッ、金ちゃんなんて大嫌いネ!金ちゃんなんて死んじゃえばいいネ!』
『ッ、神楽ッ』
破裂音。
吹き出る血。
倒れていく体。
『金さんッ!!』
『嘘、嘘アルヨ。嘘って言ってヨ、金ちゃん』
『…ごめんな、神楽ァ、新八ィ。……夢、叶えらんなかったな…』
『………金ちゃん?』
白い肌に、金色の髪に、黒色のスーツに、ネオンの光が同じように落ちる。
『金ちゃん、死んじゃえばいいなんて、嘘アルヨ?だからこんなの嘘って言ってヨ。金ちゃん!!』
甲高い悲鳴が頭の中でワンワンと反響する。同時にパンと音が聞こえた。
倒れていく彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていたけれど、とてもキレイだった。
カランと落ちた銃を拾ってこめかみに押し当てた。僕たち三人はいつでも一緒だから。一人でも欠けちゃいけない。
様々な場面や言葉が頭の中で走馬灯のように映し出される中で、ネオンに煌く町を歩く金髪の後ろ姿が見えた。
出会ったばかりの彼だ。だらしなく着たスーツに皺が寄っていても、寄り道をしても、いつも彼はまっすぐ歩いていた。
僕はそんな彼に憧れていたんだ。
「俺は、坂田……金時?」
「思い出したアルカ?」
「…思い、出した。ああ、思い出した」
「久し振りネ、金ちゃん」
にこりと微笑んだカグラに対してギンは一瞬止まって微笑み掛けた。
無茶ばかりやっていたあの頃が思い出されて、僕も口の端を上げて、三人揃ってバカみたいに笑い声を上げた。
なぜだか涙が出て来てしまって、更に笑った。本当にあの頃に戻れたみたいで。
時は戻らず、進むだけなのに。
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冒頭部分、アニメの影響受けまくりです。