知りたいと願う。
好きな食べ物や場所、口癖、喜怒哀楽の表情。
一つずつ知っていることが増えていく。

一つだけを除いて。






〜蕎麦に砂糖。マヨネーズに砂糖。え、究極の選択じゃね?〜





「だああっ、訳分かんねェ」

脳の許容量を越える現状にパニックに陥った桂、(中身土方)、は叫びながら剣を振り回した。
突然の暴走に志士たちは咄嗟に避けてしまった。日頃、真選組などの幕府と戦っている時の瞬発力が仇となった。
混乱によって生じた隙間を桂、(中身土方)、は駆け抜けた。

「退け、邪魔だ!!」
「桂さん、どこ行くんですか」
「危険です!戻ってください!!」

廊下にいる者は突き飛ばし、玄関は壊れそうな勢いで開けた。
光が眩しかったけれど、桂、(中身土方)、は少し目を細めただけで歩みを遅くすることはなかった。
志士たちの叫びも空しく、桂の姿は人込みへと吸い込まれていった。


桂になっちまったらしい。
今の状況を言い表すなら一言で十分なのだが、頭が追いつかない。
いや、桂と入れ替わった、と分かったということは理解している証拠じゃないか?
冷静に物事を見れていないだけで。いやでも、これって頭がついていかないって状況だよな…。

「あー、やめだやめ。考えても仕方ない」

信じがたいことだけれど、今俺の身に起こっているのは紛れもない事実なのだから。
はっ、はっ、はっ、と浅く呼吸をしながらゆっくりと走り続ける。
隊服のズボンに慣れてしまっている所為か、着物は走りにくく感じる。
休日の私服は着物だが、これから天人伝来の『洋服』が増えていくだろう。
いいことなのだろうか。便利さを求め、古来の伝統を廃れさせていってしまうのは。

「…俺には関係ない話か」

天人に支配されつつある幕末で、廃刀令で剣を振るうことしか脳のない俺達の面倒を見てくれたのは、近藤さんだ。
真選組を創立し、再び剣を手にすることが出来たのは近藤さんのおかげだ。
彼の為ならば何でも出来る。命を投げ出すことも。

彼が真選組が大事だと言うのならば、俺は命に代えても真選組を守る。

揺るがない信条の、筈だった。
これ以上大事なものなどなかった、あってはならなかった。
会わなければ、話さなければ、好きにならなければ…。
一体どこからやり直せば思い通りの人生になっていたのだろうか。

「あ、ちょっと」

とんとん、と肩を叩かれ振り返ってみれば、銀髪のいけ好かない奴が居た。
何でよりにもよってコイツに会うんだよッ!?
桂、(中身土方)、は眉間の皺をさらに深くし無視を決め込んでスタスタと歩き出した。

「ちょっとー、何で無視するのさー」
「うるさい。俺は急いでるんだ」
「えー。ね、パフェ奢ってよ」
「何で俺がお前にパフェ奢らなきゃいけねェんだよ!!」

怒鳴って去ろうとすると左腕を捕まれて、路地裏に引き込まれた。
壁に勢いよく押し当てられた頭が真っ白になる。
文句を言おうと口を開くと、唇が合わせられた。

「お前ッ」
「ねえ、俺達より戻さない?」
「何言って」
「あの頃は楽しかったじゃん。お前も満更じゃなかっただろ?」
「………」

こいつと、桂が、付き合っていた?
思考が正常に動かない。銀時は口の端を上げて、再度口付けた。
最初の会わせるだけのものとは違い、深く舌が入り込んで来たが、桂、(中身土方)、は何の抵抗もしなかった。

嘘だろ?コイツとそんな関係とはまったく思えない。
でも…俺は桂から昔のことを聞いたことがない。自分の昔の話をすることはあった。
「芋道場に住んでいたのか。お似合いだな」と言葉では嘲っていても、微笑ましそうに笑う顔が好きだったから。
けれど、本当に嬉しくて笑っていたのだろうか。少し寂しさが混じっていた、気もする。
よく覚えていない自分にイライラする。

「ねぇ、俺のこと、好きでしょ?より戻そうよ」

頬を包むように当てられた手の温もりが心地良かった。
視線を上げれば普段と打って変わって真剣な表情の万事屋の顔が目に入った。まるで真剣で戦ったあの時のような。
そんなに、桂のことが大事なのか、手に入れたいと思っているのか。
一瞬負けるかもしれないと思って否定する。勝ち負けなんてないだろうが。

「俺、は……」

俺は?結局その答えは紡がれることはなかったが。

「桂だァ!!」
「ひっとらえろォォ!!」
「し、真選組!?」

見慣れた黒服に安堵して、安堵していい状況ではないと思い出した。
俺の見た目は桂、つまり指名手配犯。抜刀しているから話して説得する時間もない。
戦うのはマズイ。隊士を傷付けたくはない。

「逃げっぞ」

耳元で囁かれたかと思うと、右腕がしっかりと捕まれているのが見えた。
えーと、これは?
頭で理解する前に百八十度身体を回転させられ引き摺られるままに走り出した。
慣れた足で右、左と万事屋は駆け抜ける。抜け道に詳しいらしく、すぐに声は聞こえなくなった。
旋回するかのように曲がったり、ゆっくりと歩いてみたり、猛ダッシュしたりと何度もスピードを変えたせいで疲労がかなり溜まっている。

「よし、振り切ったな。とりあえず休んでけよ」

息を整えるために膝に当てていた手をそのままに、桂、(中身土方)、は顔を上げた。
見えたのはどでかく書かれた「万事屋銀ちゃん」の看板だった。
オイオイ、俺(桂)は一応指名手配犯だぞ?匿うならその場で逮捕だが…。
今のこの状況では言葉に甘えていた方がよさそうだ。それに今は逮捕なんてことは出来ない。
考えながら歩みを進めると従業員の声が掛けられた。

「あ、桂さん。こんにちは」
「ヅラ!…今日は手土産はなしアルか?」
「………」

ちょっと待て。何故ナチュラルに迎え入れてるんだ、お前らは。
桂小太郎だぞ!?指名手配犯だぞ!?
やっぱりコイツと桂は繋がっているらしいな…。
それにたびたび桂を匿っている可能性がある。探っといた方がいいな。

「桂さん?どうかしましたか?」
「今日は『ヅラじゃない、桂だ』って言わないアルか?」
「あー、ヅラは調子悪ィんだよ。俺の部屋で寝かせんな」
「あ、でも、薬とか全然ないですよ?買って来ましょうか?」
「…そう、だな」
「りょーかいアル!行くよ、新七!!」
「新七じゃないっつーの!」
「…え?ちょっ」

考えごとをしていたせいで勝手に進んでいたことに文句を言うも、すでに決定された後らしく、誰も聞く耳を持たない。
怒鳴りつけたかったがそのせいで外に放り出されたらまた大変なことになる。
渋々了解をして(もちろん礼は言わないが)大人しく万事屋の後ろをついていくことにした。
従業員二人がいなくなった部屋は妙に静かで、ここに自分と万事屋の二人しかいないことを実感させる。
そして、前の状況からして、結構、いやかなりまずい状況だということも。

「ねぇ」
「…何だ」
「返事、聞いてないんだけど」

覚えてやがったのか…。
心の中で悪態を吐き、桂、(中身土方)、は銀時から顔を逸らした。

「何のことだ」
「アレ?覚えてないとか言っちゃう?別に俺は実力行使でもいいんだけど」

ぐるんと視界が回転し、頭に固い感触があり、天井が見えた。
いつのまに掴んだのか、両腕は片手で頭上で纏められ身動きが取れない。
要は、押し倒されている、らしい。

「ちょっとは抵抗してくんないとつまんないんだけどなー」
「て、めッ」

お望みなら抵抗してやらァ!!桂、(中身土方)、はピクリと頬を動かし、右足を勢いよく上げた。
膝が鳩尾に入るはずだったのだが、パシンと呆気なく捕まれてしまった。
にこりと微笑んだ目の奥が笑っていないのが見えて鳥肌が立った。

「やっぱ、静かな方が好きかも」

恐怖で固まっていると影が落ちたのが分かったが、抵抗は出来なかった。
目を開いたままでいると「目を瞑るのがマナーでしょ」と言われ無理やりに瞼を閉ざされた。
口中を犯す舌は熱く、口の中をざらりと舐められると熱い吐息が漏れた。
もはやどれがどちらの熱かも分からない。

「っ、うん……はあっ…」

思うままに息を吸えない苦しさから目尻に涙が溜まったが、舌の絡まりは止まらなかった。
ぼんやりとし始めた視界で万事屋を見るとッ、と息の音が聞こえ、慌てて口を離された。

「…お前、可愛過ぎ」

銀時らしくない切羽詰まった声だったのだが、土方はそれに気付くことはなかった。
今までの柔らかな舌の絡み合いとは打って変わり、正に犯す口付けに変わったからだ。
もがいて身をよじらせるが、脱げ出すことは到底不可能で、動いたせいで露になった首筋をねっとりと舐め上げられる。
怖、い。

「や、やめろッ」

拒絶の声を上げても万事屋の動きは止まらず、その手は下に向かって意図的に伸ばされていた。
この後行われることが想像され、血の気の引く音が聞こえた気がした。

「っ、い、嫌だ、やめろッ。嫌だァッ」
「もう無理だって、土方君」

沈黙。

またもや沈黙。

まだ沈黙。

「お、お前、俺と桂が入れ替わってんの知ってんのか!?」
「あ……。そのー、何だ、言葉のあやだよ、うん」
「ふっざけんなァァ!!」

拘束が緩くなった隙に上に乗っかっている身体を突き飛ばした。
もちろん鳩尾に一発食らわせることも忘れない。
痛みで床に転がった万事屋を見て、ザマアミロと鼻を鳴らした。

「そこで一生くたばってろ」
「ちょ、ちょっと待ってって」

腕を掴んだ手に、まだそんな力があるのかと感心した。
聞く必要もない言い訳だろうと振り払おうとしたがガッチリと掴んだ手はビクともしなかった。
さっきの時といい、人が変わってんじゃねェのか!?
チッと舌打ちをして諦めて溜め息を吐いた。

「何だよ」
「あー、イテテ、もろ入ったじゃん」
「話がないならもう行くぞ」
「…土方君」

耳元で囁かれた声に背筋が伸びる。気配を消して立つなっつうの!
警戒しながら後ろを振り向いた。

「俺、土方君のこと、好きになっちゃった」

コイツは今、何と言った?

「おまえは、桂のことが好きなんじゃないの、か?」
「うん、そうだけど?でも、土方君のことも好き」
「何勝手なこと言って」

桂も俺も好きだとふざけんじゃねェよ!!
優柔不断にも程がある。どうせ冗談で言っているのだろう。
からかって思ったより面白い反応したから。

「冗談でもジョークでもねェ。俺はお前のことが好きだ」

真剣な声色に喉がヒュッと鳴った。
俺は、と言い掛けて口を噤んだ。あの時も、俺は何と言うつもりだった?
考え始めた頭の上に、破片が落ちた。……破片?
見上げれば、天井がなかった。

「え、な、何じゃコリャアアア!!」
「ネタ古ぅ」
「んなこと言ってる場合かァ!」

ガガガ、と音が聞こえると、あーあーと無感情な声が聞こえて来た。
おいおい、まさか、な。まさかそんな、な。んなありきたりの展開じゃ…。

「お前は既に包囲されている。桂小太郎、おとなしく降伏しろ」

「嘘だろォォ!?」
「あれ、もしかしてピンチだったりしちゃう?」

神様、俺が何かしましたか。
とことん運のない男、土方は心の中で懺悔をした。
平穏な生活っていつになったら訪れるんだろうなァ…。

とりあえず、隣のムカつく男を一発殴っておいた。










銀桂で銀土。入れ替わりネタで何が書きたいってこういうのですよ!
てか、すでに私だけが楽しい感じに…。つ、付いて来てますよね?
……せめて私の後方1km以内にはいますよね?(ビクビク)