「土方さん、これは一体、何ですかィ?」
「…そ、総悟。とりあえず、落ち着け、な?」
「これは何だって聞いてんだよ」

絶対絶命、ってこういう状況を言うんだろう。



感情の中で一番分かりにくくて一番大切な物



太陽が無駄に輝く真昼間。パタパタと扇子を扇ぎながら、猛暑の中を黒髪の男が通って行く。
眉間には皺が寄り、人を寄せ付けないオーラを醸し出していた。
黒い服は制服なのだろうか、随分とカッチリとしていて、
上着を脱いではいるが、スカーフとベストだけでもかなり熱が篭もりそうだ。
実際、男のスカーフはべっちょりと水分を含んでいた。

「暑い…」

唸るように呟かれた声に、近くにいた町人達が一歩男から離れる。
顔は頬から顎を通り、髪からは雨のようにぱらぱらと汗が流れ落ちた。
熱の篭もった顔は男の頬を紅潮させている。

隣に目を向けてみれば、黒髪の男と同じ格好をしている茶髪の男が涼しげに歩いている。
汗一つ垂らしていない。彼は暑さとは無縁のようだ。

「あっぢい……」
「そんなに熱いならスカーフ取ればいいでしょうが」
「…うるせェ」

黒髪の男は茶髪の男を睨み付けると、首に掛けた手が暫し躊躇い少しスカーフを緩め、扇子に怒りをぶつけるように扇いだ。
茶髪の男はその様子を見て、やれやれ、と小さく肩を竦めた。



青い空。白い雲。
眩く光る太陽。身体の表面を滑る涼しい風。青々と生い茂る芝生。
芝生に寝転がり、昼寝をしたらさぞかし気持ちいいだろう。
見回りの休憩にはもってこいだと思ったのだ。

こんな状況でなければ。

「ッ、何すんだ、手前ェ!!」

肩を押さえ付けて押し倒され、背中に衝撃が走った。
芝生は幾分か痛みを和らげてくれたが、あくまで地面の上だ。
強か打ち付けた背中と、酒が抜けていない頭がぐわんぐわんと痛みを訴える。

「それはこっちの台詞でさァ」

土方が睨みつけると、沖田は表情一つ変えず土方に覆い被さった。
腕力ならば自信がある。突き飛ばすことも可能だ。だが。
んなことしたら、後で何されるか分かったモンじゃねェ!
目の据わった総悟には抗うなと、頭の中で警告のベルが鳴り響いている。

「いや、ちょっと待て。ここ、どこだか分かってるよな?」

二人のいる場所は公園、つまり公の場である。
平日の昼間で人気が少ないとはいえ、ゼロではない。
こんな状況を通行人に見られたら堪った物ではない。
やっぱこいつと二人で見回りなんてするんじゃなかった!
土方は宥めるように両手を上げた。

「まあ待て。ちゃんと話は聞くから、どいてくれ」
「うるさい」
「…総、悟?」
「アンタは黙っててくだせェ」

生と死を賭けた斬り合いで見せるような冷徹な声。
刀を抜いた時以外にこんな声を聞いたことはない。
全身が緊張し身動きが取れずにいた土方の両手首を、沖田は素早く掴み自由を奪い取った。
本来ならば、土方達が犯罪者に対して付けるべき筈の、手錠で。

「…おい、冗談ですまなくなるぞ」

脅しを掛けてみても微動だにしない。
チッと心の中で舌打ちをして、逃げる術を思案する。
手は使えねェが、足なら何とかなるか…。
ヒュッと風を切る音が途中で遮られる。足首を掴んだまま、総悟は顔を上げた。

「危ないですねィ。やっぱり躾け直しが必要のようですねィ」

目を細め、口を弧の形に曲げた顔に、全身に鳥肌が立つ。
ヤバイヤバイヤバイ。

「そんなに触って欲しいなら、そう言やぁいいのに」

訂正を口に出そうとした瞬間に、中心を握り込められ、思わず息を吸った。
荒々しく触れる乱雑な動作が刺激となって身体を襲う。
乱暴ではあるけれど、その手は的確に土方の感じる所を触っている。

「…ッ、やめ、ろっ」

拒絶の言葉が聞こえていながらも、沖田は手を止めることはなく上に手を伸ばした。
ジジジと金具が下りる音がし、沖田の手によって窮屈そうにしていた土方自身が外に出された。
恥ずかしさで頭が真っ白になる。
意識はすぐに戻って来ることが出来た。土方にとって最悪の方法で。
                      ・ ・ ・
沖田が、土方の物を口内に収めたおかげで。

「ん、ぅ…」

アイスでも舐めるように下から上へとざらりと舐め上げられ、出そうになった声を慌てて噛み殺す。
沖田は唇を噛み締めた土方をつまらなさそうに一瞥すると、再び舐め始めた。
快楽を理性で抑えていると思考が段々ぼやけて来た。

まるで猫みてェだ…。

大きな瞳、熱い舌、気紛れな態度。
赤い舌が動く度に身体がガクガクと震え、夢心地に浸っていく。
視界が狭まり、総悟の姿も捉えられなくなってきた。
目を閉じると意識がふわりと抜けていくような感覚に陥る。心地いい。

「勝手に寝ないでくだせェよ」

息混じりの声が耳元で囁かれ、ビクンと身体を震わせて目を見開いた。
ああ、そういや、耳も性感帯でしたねィ、と再び愉快そうに囁かれ、耳朶をぺろりと舐め上げられた。
瞳孔、かっ開いてやがる。

猫なんて可愛らしいモンじゃない。
まるで虎かライオン…いや、何かに喩えるなんて出来る筈がない。
こいつは、沖田総悟以外の何者でもない。

「考え事とは余裕ですねィ。これじゃ足りないんですかィ?」
「なっ、何馬鹿なこと言ってんだ!!」
「そうですかィ。土方さんは欲張りですねィ」

否定したにも関わらず、総悟は自分で勝手に肯定して怪しげに笑った。
ガチャガチャと金属が擦れる音がし、沖田のしようとしていることが読み取れ、土方は慌てふためいた。
こんな所でするつもりか!?
自分の常識が通じると思えない土方は下手に出ることにした。

「やめろ、な?話さないと何も分からねェだろ?」
「その間にアンタは逃げるでしょう?」
「…この状況を見て、本当に、逃げれると思うのか?」

頭上に一まとめにされた腕、手で押さえ付けられている足。
こっちが逃げ方を教えて貰いたいくらいだ。

「ああ、逃げるのは難しそうですねィ」

沖田はぽん、と左手に右の拳を打ち付けて、感心したように頷いた。
そういや、こいつの頭は空だった…。
土方はこれからの苦労を思い溜め息を吐いた。

「そもそも、何でそんなに怒ってるのか知りてェんだが」
「…んな台詞は首のそれを隠してから言ってくだせェ」
「首…?あっ!」
「いってぇ、どこのどいつに付けられたんですかィ?」

スカーフがずれた首筋には、白い肌とは対照的な赤い鬱血跡が一つ付いていた。
俗に言う、キスマーク、という奴が。
沖田の言葉に、土方は目を見開いたまま固まった。

「遊郭の女ですかィ?まさか、蚊に刺されたなんて言いやせんよねィ?
…それとも、やたらと気に入ってるらしい、万事屋の旦那にでも可愛がって貰ったんですかィ?」

土方はパク、パク、と金魚のように口を動かし、すううとゆっくりと、しかし思いっ切り息を吸ってやった。

「ふざけんな!!」

頭の中からは、今の状況などとうに消えていた。

「見当違いも大概にしろ!
何で、俺が万事屋の野郎にこんなモン付けられなきゃならねェんだよ!
それに、これはお前が付けたモンだろうが!!」
「………俺、が?」
「…お前、まさか忘れたとか言うんじゃねェだろうなァ?」

どすを聞かせた声を浴びせると、総悟は口を幼児のように開けたまま呆けた。
信じらんねェ…。


昨日の晩、攘夷浪士が大量に検挙された。
中には汚い金のやり取りをしていた輩もおり、つたを引っ張ればまだまだ芋蔓状に出て来そうだった。
事件は解決していないが、下調べに力を入れて疲労が溜まっていたのもあり、
祝いだということで酒を飲み交わすことになったのだ。

自分は一人で静かに飲むのが好きだから、酒には口を付けていなかった。
隣に居た総悟は雰囲気に飲まれてか、注がれた途端に飲んでいた。
心配になったが、偶には羽目を外すのもいいだろうと傍観していた。

『土方さん』
『何だ?吐きそうとか言うなよ』
『違いまさァ。…アンタはふらふらとして掴み所がないから、
どうやったら俺のモンだって証明出来んのか、聞こうと思ったんでさァ』

酔っているのか、やけに素直な言動に驚きもしたが、悪戯心の方が大きかった。
日頃積み重なっている鬱憤を晴らしてやるか。

『…そうだな。じゃあ、一生なくなんねェモン、よこせよ』
『いっしょー、なくなんねぇ、モン…?』
『そうだ。マヨネーズじゃ駄目だぞ』
『………』

いつにもまして頭が回っていないのか、呂律も怪しい。
疑問符を浮かべながら考え込んでいる姿を見て暫く心の中で笑っていたいが、この辺でずらかるとしよう。
土方がそう考え、片膝を立てた時だった。

『分かりやした』

焦点の定まらない虚ろな目で淡々と述べると、沖田は土方の腕を引っ張った。
元々不安定な体勢だった為容易くバランスは崩れ、もたれ掛かる形となり、そして――。

沖田は、土方の首に喰らい付いた。

たっぷりと五秒間、柔らかな肌に吸い付いた。
ぷは、と酒臭い息が顔面に掛かった。

『消えそうになったら、また付けてあげまさァ』

部屋からは賑やかな声が消え、隊士達の目がこちらに向けているのがひしひしと分かった。
石化している土方を前に、沖田はくたりと身体の力を抜いた。
いや、抜いたではなく抜けた、だ。
沖田は幸せそうに、見る者によっては酷く憎たらしく、涎を垂らして寝ていた。


「あの後、冷たい視線を浴びせられながら、お前を部屋まで運んでやったんだぞ!?
疲れてすぐに寝たっつの!!」

あらん限りの罵声を投げつけると、総悟は十秒ほど止まり、頭を右に傾げ、左に傾げ、あぁ、と声を上げた。

「そんなことあったような、なかったような」
「覚えてないのかよ!!」
「人は日々、記憶をなくして生きていくモンですゼ」

ほんっとうに信じらんねェ。
自分で付けたキスマークを見て、勝手に嫉妬して怒るなんて。

「まぁ、可愛い嫉妬ってことで許してくだせェよ」
「お前に言われるとムカつくな」
「ひた隠しにしていた土方さんにも罪はありまさァ」

ぷくっと小動物みたいに膨らませた頬を見て、誤解を招くような行動をしていたかもしれないと思う。
でも、根本的に悪いのは、記憶をなくしたお前だろ!?

「んなこと言ったら、『じゃ、続きしやしょうか?』って襲ってくんのがオチだろ!」

沖田はきょとん、として、すぐにニヤリと腹黒く笑った。
ま、まずいことでも言ったか…?

「そうやって襲って欲しかったんですかィ。ちっとも気付きやせんでした。
じゃ、続きしやしょうか?」
「だからッ」
「ああそうそう。外でヤるのを『あおかん』っていうらしいですゼ。
青空見ながら、てのも乙なモンでしょう?」

くだらない豆知識も耳には届かなかった。
痛みと、それを上回る快楽から上がりそうになる声を抑えるのに精一杯で。
顔を幾重もの筋になって汗が垂れていくのが分かる。太陽の眩しさに眉を顰めた。
細めた目に青空が映り、続いて白い雲が移り、やがて真っ白になった。





「ただいま帰りやしたー」
「おう、お疲れさん。って、と、トシ、どうしたんだ?」
「土方さんは熱中症でぶっ倒れたんでさァ。俺の部屋に寝かせておきますねィ」
「あ、ああ、頼むな」

お酒の飲み過ぎと、夏の暑さにはご用心を。










S先輩が青○の意味を知った記念と、沖土好きだと知った記念に献上した小説です。
喜んで貰えたので調子に乗ってUPしました(苦笑)。
沖土は沖→土が好き。