愛してる証をください。
どんな不器用な言葉でも行動でもいいから、確かな物をください。
俺が貴方の物だという証拠を、貴方が俺の物だという証拠を。






〜俺がお前でお前が俺で。何だかありがちネタじゃない?〜





「え?土、方?どういうことだ?」

短く切られた髪、自分よりも男らしい筋肉質な身体。
今は着物だが、隊服を着ていなくても分かる。
どこをどう見ても土方だ。

「中は桂なんですよね?」
「そうだ。どうしてこんなことに…」
「そうですねえ、これからどうするかも考えなきゃいけませんねィ」

沖田は心配を表す言葉とは正反対に至って冷静だ。
有り得ない状況だというのに、こいつは恐怖心という物を持っていないように思える。
不穏な単語と飄々とした態度に刀を握りなおす。

「俺を…斬るのか?」
「いやいや、土方さんの身体ですぜ?
確かに今だったら副長の座を易々と奪えるけど、それじゃつまんねぇんですよ。
俺は『土方十四郎』を斬りてぇんだ」

殺意と愛情が入り混じった瞳を向け、沖田は無邪気に笑った。
言いようもない恐れが身体を支配し背中を汗が伝う。
手に入らないのならば壊してしまう。まるで子供のようだ。
一歩間違えば道を外れてしまう危うさ。それが強さでもある。

これが、沖田総悟――。

「………」
「…おやおや、信用がないみたいですね。
とりあえず、あっちと連絡取れるか試してみますよ。ひ、じ、か、た、さん?」

ふふっと悪戯っ子のように笑みを見せ、障子がぱたんと閉じられた。
五分足らずの出来事だった。なのに一時間も戦っていた気分にさせられる。

「芋侍の中にも、まだ骨のある奴がいたか…」

久しぶりに感じた高揚感。
命のやり取りを心から楽しむ奴が、土方以外にいたとはな。
一度手合わせしたい物だ。
まあ、今考えるべきことは決まっている。

「…現状を打破するのが最優先だな」

骨の折れることになりそうだ。


と言ってもすることがない。
土方の部屋、(今は自分の部屋だ)、に寝っ転がりながらぼんやりと雲を眺めることくらいしかやることがない。
隠れ家に行ってもいいが、事情を説明する前に斬りかかってくるだろう。
下手に動いて真選組の連中に中身が俺だとばれても困る。今は何もせずに過ごすのが得策だろう。
土方、(中身桂)、はふわと大きな欠伸を漏らし、瞼を閉じた。

「いい気なモンですね、指名手配犯が昼寝ですかィ」

サボろうと思って土方の部屋に来たはいいが、当人がいるとは思わなかった。
午後から視察の予定だった筈だが、まあ本人は知らないのだからしょうがないだろう。
夕日のオレンジ色の光が土方、(中身桂)、の顔を染め上げていた。
沖田は愛用のアイマスクを上に押しやり、土方、(中身桂)、の頬を指で押した。

意外と柔らかい。
ぷにぷにと、普段触ったら即刻怒声だろうなと脳の片隅で思いながら頬を突付く。
油脂ばっかり採っている癖に、白くて弾力のある肌。
瞳孔が開いた気の強い瞳は閉じられ、睫毛が光を反射する。
胸がゆっくりと上下し、半開きになった唇から空気が漏れる。

「土方さん…」

いとおしげに名を呼ぶ。
沖田は土方、(中身桂)、の右側に寄り、耳元に唇を近付けた。

「――です……」

掠れた息混じりの声は誰の耳にも届かず消えた。
沖田は目を閉じて息を深く吸い込んだ。


「夕食ですゼィ!!サボり屋の土方さん!!!」


「うおっ、お、お前か。驚かすな」
「……寝こけてるあんたが悪いんでしょうや。さっさと広間に行きましょう、みんな待ちくたびれてまさァ。
隊員全員が揃ってからでないと食べない、て局長が決めたモンですから」
「連絡は取れたか?」
「閑古鳥でさ。分かったのは、今日は妙に攘夷浪士の姿が見えない、ってことくらいだ」

攘夷志士が出歩かないということは、党内で何かあったということだ。
やはり土方と入れ替わってしまったらしいな。
しかし、あちらがこちらに来るのもまずい。暫く動けないな。

「…俺腹が減ってんで、とりあえず広間に行って貰ってもいいですかね」
「あ、ああ、分かった。ありがとう、沖田」
「……総悟と呼んでくだせェ、副長はそうでした。ばれちまいます」
「す、すまない…」

足早に歩いていく沖田の後ろを付きながら、桂は考えていた。
突拍子もない起こし方をされ、お前と呼んだ時の寂しげな顔。
正体がばれるからと沖田ではなく総悟と呼んでくれと言った時の苦々しい顔。

沖田が部屋に入った時点で起きていた自分が確かに聞いた。
あの時耳に囁かれた言葉。

『好きです』

四文字が何度も反響する。
吐息が掛けられた右耳をそっと手で触った。



行くのが遅かったらしく局長の隣が空いていたので、畳の上に腰を落とした。
隣が沖田で何も言ってこない所を見るとここが土方の席なのだろう。
ふう、と小さく吐息を漏らした。
隊士達が稀有の目で土方、(中身桂)、を見ていることには気付かずに。

『…副長が正座?』

近藤は周りを見渡し、空の席がないことを確認すると声を掛けた。

「よっし、全員集まったようだな。今日もご苦労だった。食べていいぞォォ!」
「腹減ったー。いただきます!」
「いただきまっす」
「もうへとへとだぜェ」

し、真選組とはこんな所なのか?
想像とは掛け離れた実態に固まるが、気が楽になり両手を合わせた。

「頂きます」
「……………」
「どうしたんだ?」
「あ、何でもないです」
「?そうか」

箸を手に取り食事を始める。
それにしても何故周りの者が皆手を止めているんだ?
そういう決まりでもあるのか?真選組とは厄介な約束事があるのだな。
桂は少し馬鹿な勘違いをしながらご飯を口に運んだ。

『あの副長がマヨネーズなしで食事を取ってる!!??』

「ふ、副長。体調が優れないんですか?」
「ん?何でだ?」
「あ、いや、何でもない、です」

右腕をとんとん、と叩かれたので見ると沖田がチューブを差し出していた。
ビニールで出来た独特の形、中には黄色掛かった物が入っている。

「何だ?」
「マヨネーズ忘れてますぜ。『いっつも』、胸焼けする位掛けてるじゃないですかィ」
「……あ、ああ」

そう言えば食べ物には何でもマヨネーズを掛けていたな。
中毒に近い状態だったから突然掛けなくなったのはおかしいだろう。
しかし、油と卵黄と塩で出来た、いや、ほとんど油で構成されたこれを本当に掛けるのか?

「土方さん?」

しょうがない。命には代えられないっ。
目を瞑って沖田の手からマヨネーズを半ばひったくるようにして取った。
桂は知らなかった。
土方が途中でマヨネーズが足りないと言われないように食事の度に新品が用意されていることを。
沖田がマヨネーズのキャップを既に開けていたことを。

びちゃり。

勢いよく飛び出たマヨネーズは見事に、土方、(中身桂)、の顔に掛かった。

「………」

頬をたらりとマヨネーズが落ちていくのが分かる。
気持ち悪い。
右手の甲で右頬を無理矢理拭いたが、伸びただけであまり効果はなかった。
それにしても、何故誰も言わないんだ?タオル位出してもいいんじゃないのか?

「おい」
「はは、はいっ!!」
「タオル」
「あ、はい、ど、どうぞっ!」

差し出されたタオルを受け取ろうと見上げた。
生ぬるい液体が更に顔に掛かる。
隊士は慌てて鼻を押さえるが勢いは留まりそうにない。

「…お前……」
「ず、ずびませんっ。ちょっと厠に行ってきますっ!」

はあ、と溜め息を付く。
マヨネーズの上に、何故鼻血まで掛けられなければいけないのか。

「おーい、そんな怒んなって」
「…怒ってない」
「ほら、こっち向いて」

なだめる近藤の方を向くと、新しいタオルが頬に当てられる。
素直に行為に甘えて目を閉じると、顔の上をタオルが優しく通っていく。
大分マシにはなったが油のギトギト感がまだ気になる。

「…ありがとう。でもまだべたつくから洗ってくる」
「ああ、しっかり洗ってこいよ」

障子を開け廊下を渡る。
真選組。土方が大切に思っている意味が分かった。
居心地がよくていつまでもいたくなる。
国の為にと活動する俺達攘夷と志は同じなのに、何故敵対しているんだろうな…。

……顔を洗って、引き締めないと。
ここに馴染んではいけない。
ここは、俺のいるべき場所ではないのだから。


『あの副長が近藤さんに素直になってる!!しかもお礼まで!』

部屋で隊士達が珍しく無防備な土方を見て興奮して、
近藤が若かった頃の無邪気で素直な土方を思い出していたとは、桂は知る由もない。



暫く屯所内を探った後(本人によると決して迷った訳ではないらしい)顔を洗い、
広間に戻るとほとんどの隊士達はいなくなっていた。
局長は食べ終わっているにも係わらず胡坐を掻いていた。

一番上の者が最初に席を外すのが普通だろうが、俺を待っていたのだろう。
沖田は赤い布地に、目か?、が描かれた一風変わったアイマスクをしていた。
少し遅くなり過ぎたか?不審に思われてなければいいが。

「悪い、遅くなった」
「いや。さっぱりしたか?」
「ああ」
「脂っこいから落ちにくかったろ?もう冷めちまってるが勿体ねェから残すなよ」
「…分かっている」

微笑んで、味噌が沈殿し二層に分かれてしまっている味噌汁を手に取りすすった。
当然の如く冷たい液体が喉を通ったが、この上なくおいしく感じた。
この頃こんなに和んで食べたことがなかったからだろうか。
それとも、『党首 桂小太郎』でいなければいけないことの重圧から開放された清々しさがあるからか。

「うまいか?」
「ん、すごくうまい」
「そりゃぁよかった、トシ。じゃなくて桂?」
「ッ!!」

喉元に当てられた刀が鈍い光を上げる。

「近藤、勲…」

馬鹿らしい言動や行動で人を油断させておきながら、一瞬で眼光が鋭く変わる。
真選組局長の名は伊達ではないらしいな。
刀は食事の場に相応しくないと沖田に言われ、部屋に置いて来てしまった。
確かに自分でもそう思うが万が一の為に、常に横に刀を置いていたというのに。
膝を立てて真後ろに飛んでこの場から離れるか。

「やっぱりトシじゃねぇな。名前で呼んでくれたことないし!!」
「……は?」
「つまんねェですね、気付いてたんですかイ」

沖田はアイマスクを親指で持ち上げ瞳を覗かせた。
寝たフリか。まんまと騙されたな。
挟まれたことに危機感を感じ、手が嫌な汗を掻く。

「おいおい、そんなに緊張すんなって。俺まで緊張すんだろうが」
「………」
「中身は桂小太郎なんだな?」
「…ああ」
「そうか。それじゃあお縄に掛ける訳にもいかないな」

充分に気をつけながら答える。緊張の糸が張り詰める。
いつ刃が動くか、斬りかかってくるか。
身動きが取れない。頬を一筋の汗が伝った。

「副長が亡き者になれば俺が副長の座に就くのもすぐなのに…」
「お前何言ってんだァァ!仮にも上司だろ!?喜ぶ所じゃないだろォ!?」
「アンさん、ツッコミうまいな」

はっ、しまった。つい突っ込んでしまった。

「総悟、それ位にしておけ。話が前に進まない」
「はーい、分かりやした」
「…とりあえず、トシと入れ替わったのは確実なんだな?」
「トシ?」
「ああ、土方十四郎のことだ」
「十、四郎…トシ……」
「どうかしたか?」

近藤は固まっている土方、(中身桂)、の顔の前でひらひらと手を振った。
ぶつぶつとうわ言を呟く姿はかなり奇特な物だった。

「ああ、何でもない。多分土方と替わってしまったのだろう」
「そうか…。あっちも何が起こったかは分かってるだろうが、その身体となるとお前さんでも危険だからな。
騒ぎに乗じて桂、土方関係なく命を奪おうとする輩も出てくるだろう」

普段から命を狙われることは多い。
土方も真選組副長だからかなりの頻度、経験があるのだろう。
どちら側かにつくと憎まれるのは俺も土方も同じか。

「…ここから出るな、と?」
「そこまで言ってねェよ。今の所このことが駄々漏れというのはなさそうだからな。
俺は勝手に仲間の元へ行くな、って言ってるんだ。お前さんならやりかねないだろ?」
「する訳ないだろう」

本当はしようと思っていた。今だって意志は変わらない。
俺がいないのでは組内で何が起こるか分からない。
土方のことを信頼していない訳ではないが、土方に危害が及ぶ可能性がある。
それならば俺が多少の傷を負っても構わない。今は土方の身体が傷付くのだろうが、痛覚は俺に来る筈だ。

「そうか、ならトシの分の仕事もよろしくな!」
「はああ!?」

俺が何でそんなことをしなければならんのだ!
というか俺は攘夷だぞ?機密書類とか見せてもいいのか!?

「重要なのは総悟に任せるけどな、如何せん数が多くてな」
「もちろん、手伝って貰えるんでしょう?」

仲間の元へ行かない、と言ってしまった手前、断れる訳もない。渋々と承諾した。
最初からそのつもりだったのか。侮れんな。

「じゃあ、とりあえずこれの洗濯頼むな!」
「え?」
「明日までに片付けといてくれよ」
「え?」
「総悟、桂、おやすみー」
「おやすみなさい、桂さん」

籠に山盛りになった洗濯物、(隊服や隊士達の下着)、桶、洗濯板、を前に、桂は声にならない悲鳴を上げた。



桂小太郎の、土方十四郎としての一日目は、洗濯で終わりそうだった。


「あいつらァァアアア!!!」










長い…。まだ続くんですが、土方視点が書けないので切りました。
あー、にしても楽しい。すらすら、ではないけどたっ…たっ、と書ける(分かりにくい
ちなみに土方&桂総受けですんで、沖→土前提、沖→桂なんてのもありえますから。