「ふはっ、はっ…」

暗がりの中で息遣いが響く。
酸素を欠乏し、必死に吸い込もうとする呼吸。
追われて走っている訳ではない。足は歩みを止めている。
交わりあう水音、上擦った声。何処か現実味を感じさせない時間が過ぎていく。

「…桂」

低い声が名を呼ぶ。掠れながらも言葉の中に愛を含めて。
ぽたぽた、と土方から汗が滴り落ち、堅く目を瞑っていた桂の瞼に池を作る。
桂はゆっくりと瞳を開けると、目に汗が入ったのか数度瞬き、名前を口に出した。

「はっ、あっ、ひじ…かたぁっ」

嬌声を上げながら名前を言った桂を見やると、土方は唇を合わせた。
空気の通り道を塞がれ苦しむ様子を気にすることもなく、口付けを深くする。
口中を一通り味わうと、名残惜しそうに舐め上げた。

「……ふう」
「っ、この、馬鹿!…はあっ、はっ……苦しい、だろう、がっ!!」
「お前が悪い」
「…は?」
「あんな声で名前言われたら我慢できねぇだろ」

桂は生娘のように一瞬で頬を赤く染めると、不意打ちだ、と胸中で呟いた。
自分だって土方に名前を呼ばれて更に欲情したのに。
何故こうも似通った思考をしているのだろう。

「…腹が立つな」
「あ?」
「お前なんかと同じことを考えていたことが」
「なんかって、お前なあ」

全てを曝け出すことなどしない。
互いを詮索することもしない。
それが二人の間での暗黙の了解。

「なんかで充分だろう。ああ、犬の方がいいか?」
「おい」
「ああ、そういう意味じゃない。すぐに盛るからだ」
「………」

幕府の犬という意味ではない。
人の都合を考えず、やりたいだけやる傍若無人ぶりが正に犬なのだ。
むしろこの男には狼という表現が近いだろうか、と自嘲する。

攘夷志士と真選組。
真逆に位置するであろう自分達。
決して相容れることはない。

「じゃあ、手加減しなくてもいいんだな?」
「手加減していたのか?随分と必死そうに見えていたがな」
「…その生意気な口、利けなくしてやるよ」

口の端を上げてお手柔らかに、と言い放ってやると、自分の中を勢いよく突かれた。
強すぎる快楽で言葉が消えるが、頭の中は妙に冷えていた。
闇で掻き消された天井を見る。
いつまでこの脆い関係は続くのだろう。
誰かが触れれば呆気なく崩れてしまう、この関係は。

「は、ああっ…たっ、土方っ。あ、ああ、―――っ」

頂点があるのか分からない快楽の階段を上り続ける。
気が狂いそうだ。狂乱したことは今まで一度もないが。
全てを投げ捨てて愛に身を捧げることなど、俺には出来ないのだ。

彼は、どうなのだろう。
俺と同じように冷めた頭で行為をしているのだろうか。
なりふり構わず抱いているのだろうか。


知りたい。
彼の瞳に映る物を見てみたい、彼の日常を体験したい、どれだけ自分のことを愛しているか知りたい。
叶わぬこととは分かっていても、立場上頻繁に会えないからこそその思いは強くなる。

『彼になれたらいいのに―――』

絶頂を告げる声に、願いは掻き消された。











「―――ん、――さん」
「ん」

名前を呼ばれていることに気付き、小さく呻き声を上げて目を開く。
部下に起こされることなど珍しい。
定まらない意識の中で声の主がいる右に首を傾げた。

「!!!」

急速に頭が冷えていく。

「し、真選組!?幕府の犬が何故ここにいるっ!!」

黒尽くめの隊服を着た茶髪の少年がそこにいた。
一番隊隊長、沖田総悟。年若いながらも腕の立つ剣士だと聞く。
慌てて刀を手に取り構えるが、気配に気付かなかった事実にかたかたと腕が震える。

「…怖いんですかィ?」
「な、舐めるなっ!お前ら如きに俺が恐れるだと?ふざけるな」
「誰が真選組を恐れないって?」

ふざけてるのか、こいつは。
武器も持たずに俺に立ち向かうだと?
芋侍だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは。

「攘夷志士党首、桂小太郎だ!!この俺を馬鹿にするのか!」

怒鳴りつけるが沖田は微動だにしない。
馬鹿にしているのか。

「…そりゃあ、初耳ですねィ。俺はあんたが」

沖田はそう言うと隊服から小さな手鏡を取り出した。
さも愉快そうに口の端を上げながら。
何がしたいのか。鏡に注意を寄せ付けて斬る、ではないだろうな、と疑いながら鏡を見た。
そこには見知った、自分の顔。ではなく。

「土方さんに見えるんですがね」

真選組副長の、土方十四郎が映っていた。



眩しい。
眠気の残る頭で、それだけを考え、うっすらと目を開けた。
外から太陽が痛いほどに光を当ててくる。

「―さん!?起きましたか!」
「――で倒れていたんですよ」

誰、だ。聞いたことのない声が降りかかる。
真選組でこんな奴等いたか?
動かない頭の所為で言葉の端々が聞こえない。

「意識が朦朧としていたので寝かせたんです。もう大丈夫ですか?」
「あ、ああ…」

何で全員着物なんだ?
勤務中は隊服を着用するのが決まりだろう。
休みの奴が看病してくれてたのだろうか。

「驚かせないで下さい。俺達の足並みが乱れてしまいます」
「…すまない」

珍しく自分のことが必要だと言われ、いつも沖田を相手にしているからかもしれないが、
嬉しくなってつい素直になってしまった。
偶にはこんな風に言われてみたいもんだよなあ。
鬼の副長と呼ばれながらも部下に慕われていることは分かっている。
けれど、言葉に出さなければ伝わらないこともある。

「そうですよ。貴方がいなくては俺達は生きていません」
「……ありがとう」
「桂さんは俺達にとってなくてはならない人なんです」

は?何言ってんだ、こいつ。俺は土方十四郎だ。
と口に出そうとして部屋にあった鏡に自分が映る。否。

何で俺が桂になってんだァ!?

攘夷志士党首の、桂小太郎が映っていた。



起きたら、恋人になっていました。





「「って、ありえないだろォォォォォ!!!」」










こんな感じです。
よくありがちな心と心が入れ替わっちゃったネタです。
こういうのは土桂小説がたくさんあって書くべきだろうけど、
他の素敵なサイトさん方が書いてくださってるので、ね。

初っ端から長編とか無謀にも程がありますがね…。
最後は決まってるので(ありがちネタですし…)、そんなに長くはならないと思います。


とりあえず、土方×桂で土方&桂(総)受けを書きたいんです。
総が()なのは、桂は文字通り総受けだけど、土方は桂相手だと攻めだから。
他の人全員からは攻められてます。

あ、ということで注意書き。
土方&桂受けですので、
銀土、沖土、近土、山土、高土、真選組×土、攘夷浪士×土方…。
高桂、銀桂、沖桂、近桂、攘夷浪士×桂、真選組×桂…。
などのCPがごちゃ混ぜです。

もちろん、最終的には土桂ですんで!
何がどう転んでも土桂です!!

ギャグ中心で少しシリアスが入る予定です。
予定は未定。
根底にシリアスがあることを前提としたギャグにしようと思っています。












心と心が入れ替わり。

願いが叶った奇跡ですか?
神が気まぐれにした偶然ですか?
それとも、なるべくしてなった運命ですか?

未来は未知数。
恋人同士を応援するのか邪魔をするのか。
行く末は誰にも分からない。

奇怪な不思議な現象。
乗り越えるのは何の力?
愛と答えられない二人の為に、神様がくれた、チャンスですか?


二人の受難はまだ、始まったばかり。