※デスノート映画後編の内容を多大に含みます。
が、話の内容がまったくそのまま映画の内容と同じ、違う所がない、というわけではありません。
映画から派生した妄想、としてお読み下さい。

































キラ、L。
相反する者。
追う者、追われる者。

ある人が言うには、キラが正義で、Lは悪。
ある人が言うには、Lが正義で、キラが悪。
どちらも言うには、いずれ、決着が付く。

生き残った方が正義だと。



キミに捧げるボクの言葉



「二人っきりになりましたね」

敢えてただ現状を伝えるだけのようにして言うと、彼、夜神月はその端整な顔を歪ませて自分を睨み付けた。
ああ、ゾクゾクする。
高揚感が彼に睨みつけられての物なのか、これから怒ることへの物なのかは自分でも判断が付かなかった。
あるのは巡るましく血液を流す心臓。部屋にあるもう一つの心臓も普段より早く血液を流しているのだろう。
脳もまた、勢いよく動いて彼の考えるすべてのパターンを弾き出しているのだろう。

「竜崎、何を考えている」

警戒した猫のように尖った声を突きつけられ、別に何も、と逸らせば信じていないのは明白だったが、弁解するのは面倒臭かった。
すべて、無駄なのだから。
これから起こることは自分の思った通りに進み、彼の考える「計画」とやらは実行されることはない。
夜神月はキラとして捕まり、初めてLとして名乗った時に告げた通り、処刑台に送られる。

TVを通じてキラを挑発し、FBIを使ってキラを探し、1%でも可能性のある者は徹底的に調べ上げる。
中に彼がいて、盗撮カメラ、盗聴器で観察し、自分は諦めきれず彼とコンタクトを取った。
自分にリスクが及ぼうとも、キラを捕まえるためと考えれば出来ないことはなかった。

「やはり私は、間違ってなかっ、た……」

死んだ振りも難しいものではない。
椅子から転げ落ち、胸元のシャツを握り締め、苦しんでキラに負けたことに心底悔しがり、彼を睨み付けて息絶える。
彼の考えうる最高のハッピーエンドを自分は演じればいい。
最大の宿敵である自分を殺せば、彼は第二のキラ、ミサと手を組み自白をする。
監視カメラが一挙一動を記録し、まさかLが生きているとは思わずに。
床に這い蹲って彼の足元から見上げるというのは下僕のようで好ましくはなかったが、キラを捕まえるためならば何でも出来た。

去っていく足音を聞きながら、今一度昔を思い出す。
昔と言ってもほんの数ヶ月前のことだが。
思えば、彼の恋人、詩織が死んでから急速に物語は回り始めた。
捜査本部に加わった彼をキラと自白させるように挑発をし、焦らせた。
そして第二のキラの登場、拘束、監禁。

日々弱って行く彼を見て何とも思わない自分が本当に人間なのか疑わしくなった時もあったが、それはすべて今更な話だった。
名探偵と言われ続け、直接ではないものの人を殺してきた自分が人間なのかなど、考える必要もない。

そろそろ行くかと思った途端に近付いた足音に慌てて目を瞑ると、その人物は淀みのない足取りで近くに来て、歩みを止めた。
見なくとも分かる。彼は夜神月だ。
もし、本当に死んだのか確かめるために脈を計られたら、お仕舞いだ。

「L。――――――」

冷や汗を掻きながら過ごした数秒の後に呟かれた言葉は、自分が想像していたのとはまったく違う物だった。
彼が去っても尚、中々動かせなかった身体をのろのろと起こした。
何故彼は今告げた?伝える相手は、お前が殺して、死んでいるというのに。
そもそも、何故そのような思いを持った?私はお前の一番殺したかった相手なのに。
疑問を唱えても答える者はおらず、答えなど見つかりようがない。
倦怠な動きでズボンを叩き、Lは一回深呼吸をして前を射抜いた。

Lと対する者を示すその言葉は、あまりにもキレイで、口に出すのが躊躇われるほどで。
大量殺人犯には似合わず、夜神月には似つかわしい名。

真っ白な廊下は延々とまるで死刑場に続くようだったが、歩みを緩める時間はない。
私は終わらせなければならない。この戦いを。

キラ、私はお前を殺す。


階段の影から姿を現した私の姿を映した瞳は、零れ落ちそうなほど見開かれていた。
自らの命を代償に練った計画。今はもう二十日しかない灯火。
追い掛けて、追い詰めて、漸く辿り着いた。

「お前、何で…」

何で、と理由を問う必要などないだろう。

大量殺人犯は死して罪を贖うべきだ。
だから、自分は正義だ。

何て、キラと同じ思考回路なのだろうか。
彼も自分もまた、目的は同じなのに方法が違っただけで追う者と追われる者に分かれた。今は、狩る者と狩られる者だ。

救えなかったのは心残りだ。
根が真面目で純粋な彼なら自分の右腕になりえた。
似た物を感じた彼と共に事件を解決していくのもいいと思った。
彼がキラでなければ実現しない話で、もしもの起こる可能性なんて1%にも満たなかったが。
違う世界で起こっているような非現実的な現実を、曖昧な視界で見る。

黒き死神は彼の名をノートに記した。
彼は自らを正義だと言い続け、死んだ。
父親さえも理解出来ないと言った正義を、自分は理解出来る気がした。


生きる限り、事件を解決し続ける。
天才と呼ばれ、周囲からは畏怖を込められた目で見られた異端児にはその道しかなかった。
違う、自分はその道しかないと信じて来た。自分に暗示を掛けていた。

「私は親を知りません。ですが、夜神さんはいい父親だと思います」

そう告げると、命が幾ばくも残されていない自分に、まるで息子にでもするかのように夜神さんは笑った。
親のいない自分は、何か結果を出さなければ生きている価値がないと思っていた。
自分のことを憎む者はあれど、好意を寄せる者などいないと思っていた。
好きだの、愛してるだのなんてくだらないと、思っていた。

私は知らなかった。彼の思いも、自分の思いも。
何故今更知ることになるんだ。伝える相手も、時間もない、今に。

キラを捕まえるため、と毎日言い続けて、キラのために生きていることに気付いていなかった。
キラを捕まえるため、と見ていた彼への視線が途中から変わり始めているのも、その理由も、少し考えれば分かった筈なのに。

「デスノートを使った者は天国にも地獄にも行けない。あるのは、『無』だ」

死神の言葉を頭の中で反芻する。
誰かが考えた概念など信じてはいないが、自分は確かに、その言葉を聞いてほっとしたのだ。

自分は、自分を殺すために、ノートを使った。

新世界を作るために使った彼と同じ場所に行く。
もしかしたら、この思いを告げることが出来るかもしれない。
可能性がゼロに限りなく近くても、もしそこに彼がいなくても、一抹の希望だけで自分は充分だった。

猛烈な眠気が瞼を襲い、口にしていた板チョコを口から離す。
「安らかな眠りの中で死亡」と書いたのは周りに迷惑を掛けるためだけではなく、死ぬのが怖かったからだ。
死ぬのが怖いなんて、自分はまだ人間なのかもしれない。
この、心を少しずつ痛みつける想いを持つ時点で、人間だというのは確定なのだろうけれど。

黒く染まっていく視界の中で、微笑んだ。

「私も愛しています、月君」

キミに捧げるボクの言葉は、告げられずに、無の中へ。