『午後五時から、××公園で花見』
ぶぶぶと唸る携帯を開くと、用件だけを述べたメールが届いていた。
火口の性格らしい、ぶっきらぼうな文体。
微笑みを零し、携帯を閉じる。
花見か。もうそんな季節だっけ。
多忙な業務で、行事でもなければ感じ取れない四季の移り変わり。
それにしても、こんなにのんびりと花見なんてしていていいのか?
まあ、こんな雰囲気がよくてヨツバに入ったんだけどな。
机に広がっている明日の会議用の書類をまとめ、三堂はううん、と伸びをした。
明日、いや今日だ、は仕事が詰まっている。
他の七人も同様だろう。それを考慮しての時間らしい。
ありがたいが、私は行けたとしても七時だろう。
恋人があのメンバーといるのは気に掛かったが、仕事だししょうがないか、とベッドに入り込んだ。
連日の残業で疲労していた身体を、布団が優しく包み込む。
夢で見た桜は、散って風に舞い、消えていった。
花吹雪の中で誰かの後姿が見えたが、近付く前に消えてしまった。
サクラ、サクラ。咲き誇る時は短くとも、その気高い姿は覚えているよ。
朝日に照らされ、水滴が光った。
ヨツバじゃなくてサクラの季節
「………終わった?」
「やったー!!これで行けますね!」
手を叩きあって喜ぶ部下を見て、未だに今日の速さが信じられない。
本気を出せばこんなに早く終わる物なのか?
部の中でも一番会議が多かった経営戦略部を見兼ねてか、他所の部が手伝ってくれたお陰もあるだろう。
それにしても、花見に掛ける人の執着心とはすごい物だな。
「三堂部長、早くして下さい!」
「もう六時になっちゃいますよ!?」
「あ、うん」
急かされてバッグに物を入れ始める。
今年の花見は四回に分けられた。人数が多く、場所が取れないのが理由らしい。
希望で日にちを選んでいくのだが、最終日の今日が圧倒的な人気だった。
それはもちろん、部長八人が一堂に会すからだろう。
自分はいつでもよくて火口に任せてしまったのだったが、それがいけなかった。
血こそ流れなかったものの、大惨事になったのだ。
「いいなあ、私抽選に外れちゃったんだよー」
「へへー、私くじ運いいの」
元々最終日は人数も少なく、倍率は数十倍だったらしい。
そこまでして見たい部長でもいるのか?やっぱりナミ?
(奈南川との絡みを期待されているのを、本人は知らない)
その後部下に腕を引っ張られながら社内を全力疾走し、年を感じた三堂であった。
喧騒の中を潜り抜け、幾分か静かになった所に出ると、満開の桜が頭上を埋め尽くしていた。
ヨツバの社員は他の所でもやっているが、ここに集合とメールが来た。
穴場らしく人はほとんどいない。見慣れた七人を見つけると、既に出来上がっていた。
「酒くさ…」
「がーっはっは。お、三堂。来たのか」
鷹橋は両手にビール瓶を持ち、ラッパ飲みしている。
当然の如く両隣には女子社員が座り、どちらも酔っているらしく、大声で笑いあっている。
「早かったな」
「VT事業部のお陰でもあるよ。手伝って貰わなきゃ、終わってなかった」
「気にしなくていい。部下も楽しみにしていたしな」
「三堂ー」
名前を呼ばれ後ろを振り向くと、葉鳥が右手を大きく振っていた。
隣に恋人の姿を見つけ安堵の息を吐き、近付いていく。
「早く終わってよかったね」
「うちの会社ってこういう時だけ一致団結するんだよな」
「いつも協力しあってるって」
渡されたコップを左手で持ち、右手でネクタイを緩める。
圧迫されていた首が開放され空気に触れる心地良さを暫し味わう。
「遅ぇぞ」
「ごめん、ごめん。これでも頑張った方だって」
「あ、ビールでいい?」
問いかける葉鳥に首を縦に振る。
透き通った黄金色の液体がこぽこぽと音を立ててコップを満たしていく。
葉鳥は他の七人に声を掛け、八つのコップに並々とビールが注がれる。
「えーと、音頭は…」
「僕がやるよ」
好き勝手に飲んでいたらしい。
だるそうに幹に持たれかかっている火口を見て、悪戯心が湧いた。
笑顔で名乗り出たのを不思議に思ったのか間が開くが、葉鳥は笑顔で承諾した。
火口を見ると目が合った。にやり、と笑ってやった。
「ヨツバの更なる発展と、僕達の未来へ乾杯!!」
今回固まったのは火口の周りの者ではなく、火口一人だった。
「お前、何言ってんだよ!」
「あっれれー、今更照れてるのー?」
「う、うっせぇな」
強面が珍しく赤く染まる。いつも人をホモホモ言うお返しだ。
同じように笑っているメンバーとグラスを交わす。
社員は分かっていないがそれもいい。秘密を持って喜ぶのなんて小学生以来だ。
一通り回り、奈南川の隣に座ろうとした。
「あ―――!!」
自分でも驚くほどの大きさの叫び声が口から出た。
一瞬場が静まり返る。
「み、三堂。どうかしたか?」
「たく、鼓膜破れんだろ」
身体が震え、ビールが踊って飛び出そうになる。
急激に血液が下がっていくのを感じる。
ぱくぱくと唇を合わせたり離したりし、息を吐いた。
「…誰がナミにお酒飲ましたの?」
「鷹橋が言い出して、僕と火口が悪乗りした、んだけど」
「鷹橋、どの位飲ませた?」
「最初はちびちびやってたけど、途中から自棄になって飲んでたな」
頭が痛い。額に右手を当て、髪に指を通す。
この、自棄になって、は僕の所為だろう。
営業部にいるが、プライベートでは一人で居る方が好きだと言っていたナミのことだから、ストレスが溜まったのだろう。
「奈南川って酒強かったよね?何か問題でも?」
「大有りかなー」
ああ、面倒臭い厄介事になってしまった。
確かに酒には強いのだ。見た目より意外と飲める。
それがいけないのかもしれないが、限度を越えた時が恐ろしい。
「飲み過ぎると性格変わるんだよね」
「笑い上戸とか?」
「それはまだいい方だよ」
二重人格なのかと疑う位に性格が変わる。
更に問題なのが、出てくるのがどんなのか全く分からないということだ。
「この前ナミの家で飲んだ時は、日本刀振り回されちゃって、危うく死ぬ所だったよ」
「三堂、笑えないぞ」
「笑わせる気ないんだけどね」
本当にあの時は死ぬかと思った。
しかも、朝になると問うの本人は全く覚えていないときた。
僕って苦労人だなあ…。
「とりあえず、君達下がっといて。ないとは思うけど怪我したら危ないから」
「は、はいっ」
女子社員を遠くに離れさせる。
桜の木が立ち並び、こちらからあちらを見ることは出来ないが、あそこまで行けば安全だろう。
「こういう場合は、原因が問題を解決すべきだよね」
「お、俺?むりむり」
「俺も嫌だ」
「ぼ、僕になる訳?」
『頑張れ葉鳥』
六人の声がピタリと合う。
子犬のように怯えながら、葉鳥はゆっくりと奈南川に近付いていく。
顔は俯いていて見えないが、それが恐怖感を増している。
「な、奈南川ー?大丈夫?」
「ん…」
七人が同時にごくりと唾を飲み込む。
奈南川の一挙一動を見もらすまいと凝視する。
「…葉鳥?どうしたんだ?」
「あっ、い、いや、寝ちゃったのかなーって思って。風邪引いちゃうじゃない」
「ああ、ありがとう。大丈夫だ」
「何だよ三堂、いつもの奈南川じゃないかよ」
「あ、ああ」
返事をするが、第六感が危険を告げている。
小さな違和感。取るに足りない物だろう。
だが、確実に分かる。これはいつもの奈南川じゃない!
「葉鳥」
「何ー?」
奈南川は葉鳥を近くに呼ぶと、身を屈めさせた。
唇を舌で舐め上げて葉鳥の耳に唇を近づけると、何かを囁いた。
「は、はい?な、なみ、川、えと、あと、その…」
漫画でならばぷしゅーという効果音でもつくだろう動きをして、葉鳥は倒れた。
顔は真っ赤で何事かに照れたらしい。まあ、ナミが言った言葉に対してだろうけど。
「おい、奈南川って下ネタ好きな奴だったか?」
「そうでもなかったんだけどね」
傍目にも異常なのは明らかだ。早くこの酔っ払いを何とかしなきゃな。
使えなくなった葉鳥を奈南川から遠ざけようと近付いた。
「三堂」
「何かな?ナミ」
酔ってる人を逆撫でする行為は厳禁だ。
相手の意思を尊重しつつ、こちらの思うように動かせばうまくいく。
「お前は…」
「どうしたの?」
にっこりと笑いながら疑問を返すと、虚ろな目がこちらを向いて、ナミはふうと溜め息をした。
ちろっと顔を見られ、再び溜め息を吐かれる。
何だかすごくむかつくんだけど。本心を見せないよう、必死で笑顔を作る。
「前戯は下手糞だし、体位はいつも同じ。それに加えて持ちも悪い」
誰ですか、これ。
「な、ナミ?何を言ってるのかな?」
「私はな、もっと荒々しく抱いて欲しいんだ。要は、お前じゃ満足できない」
奈南川は三堂をぎっと睨むと、酒を口にした。
誰も止める者は居なかった。否、止めれる者など居なかった。
「三堂……」
「ナミの悪酔いは僕の所為だって言うの!?てか、何で視線に同情が入ってるんだよ!」
酔っ払いの戯言は聞き流す物だろ!?
何真剣に聞いちゃってるの?
「そ、それに愛があれば何とやらだって!」
「無理だな。大きさだけは合格だがな」
ナミ、それあんまりフォローになってない。むしろ逆効果だよ。
ここに女子社員が居なくて本当によかった。
幻滅して辞表なんて出されたら堪った物じゃない。
「努力するからさ」
「……努力は才能を超えられないんだ」
「超えられる!」
「………」
「無理だろ」
言葉を発したのはナミではなく火口だった。
遠巻きに見ていたが、とりあえず安全だと判断したらしい。
火口は真剣な表情で三堂を見た。
「無理な物は無理だ。諦めろ」
「何言って」
「だから奈南川。俺ならどうだ?」
こいつも酔ってんのかー!!
「満足、させてくれるか?」
「もちろんだ。泣き喚いても手加減できないけどな」
「…それでいい。火口、抱いてくれ」
よくねぇよ!
あー、ちょっと待って、何向かい合って顔近づけてるの。
火口、ナミの腰に手を回すな!
ナミも恍惚とした顔で火口を見ない!
「っんは、あ、…んうっ」
水音がわざとらしく聞こえる。
豪快に舌を入れているらしく、奈南川の息は既に上がっている。
口の端から糸が垂れ、蛍光灯の光を反射する。
「あっ、もっと、んんっ…ゆっくり、んっ」
「お前が荒々しくって言ったんだぜ?」
って誰か止めろよ!ばっと後ろを振り向くが、誰も居なかった。
鷹橋、尾々井、樹多、紙村は逃げたらしい。
僕一人でこの酔っ払い二人を止めろと?
「ナミ、火口。ストップ!」
「邪魔するなよ三堂。いい所だ」
「…そうだ、何処かに行っていろ」
「いやいやいや、おかしいからね、君達」
疲れたのか、奈南川は火口の首に腕を絡ませ身体を持たれ掛けている。
奈南川は三堂をじとりと睨み、口を開いた。
「それに、火口の方がお前より大きい」
思考が固まった。
口が開いたまま閉じない。
「火口、続きを」
「ああ」
火口の無骨な手が奈南川のシャツの下に潜り込む。
脇腹を撫でられびくりと奈南川の身体が動くのを見ると、火口は首筋をねっとりと舐め上げた。
「…はあっ、っ、いい…もっとっ」
「焦るなよ」
胸の突起を指で遊ぶと、奈南川の力が抜け、身体が熱を持っていく。
張り詰めたズボンを見ると、火口は口の端を上げた。
わざと表面だけを触るか触らないか位の所で撫でる。
「あっ……火口」
「どうして欲しい?」
「さ、触って欲しい」
「それだけでいいのか?何をして欲しいんだ?正直に言えよ」
「…それと――――――」
意識がブラックアウトした。
覚醒する意識。身体が痛い。
寝ている所が硬いからか。ん?寝ている?
「あ、三堂部長。大丈夫ですか?」
「…ここは?」
「何言ってるんですか、花見会場ですよ」
上半身を起こし辺りを見ると、部下の言った通りだった。
酒の瓶やおつまみがあちこちに散らばり、口々にお喋りを楽しんでいる。
いつの間にこんなに人が来たんだ?
「部長、残業続きで疲れてましたしね。あ、覚えてません?ここに来るタクシーの中で寝ちゃったんですよ」
「タクシーで?」
「疲れてるのを起こすのも悪いだろうって、男子社員呼んで運んで貰ったんです」
ということは、今までのは全て、夢?
何だ、そうだったのか。道理でおかしいと思った。
ナミが浴びるまで酒を飲む訳ないし、火口と…なんてことある訳がない。
被害妄想が過ぎるぞ、自分。
「はは、何だ、そういうことか」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとね」
強張った身体を伸ばし、隅で飲んでいる彼の元へと歩く。
他の七人は思い思い楽しんでいる。
火口を見たが、葉鳥と一緒に談笑していた。邪魔するのは悪いだろう。
「ナミ」
「…三堂」
「隣いい?」
こくりと頷いたのを見て、傍に座り込む。
彼の好みそうな味わいがよく香りが高い、値段の張りそうな日本酒が一本置いてある。
ガラスのコップにまだ残っている。瓶の残り具合からして、二杯目の途中だろうか。
奈南川は黒いコートを着込んで丸まっている。
「寒いの?」
「ああ。暗くなってきたからな」
腕時計を見ると、七時を示していた。
一時間も寝てたのか。
「僕も飲んでいい?」
頷いたのを見て、中身の入ったコップの隣に置かれている、空のコップに酒を入れる。
きっと一緒に飲もうと思ったんだろうな。
中々感情を口に出さない恋人は、こうした小さなことで表現する。
素直になれない子供のようで可愛いなあ、といつも思う。
「待て」
口に運ぼうとしたのを止められ、コップを下ろす。
奈南川は上をぼんやりと見て、素早く手を伸ばした。
親指と人差し指の間には、淡い桃色をした花弁が挟まれていた。
奈南川はそれに口付けを落とすと、コップに花弁を落とした。
ふわり、と踊るように水面に着地すると、光で輝く水面の上を滑った。
「これぞ花見酒だろう?」
「…うん。ありがとう、愛してる」
「ばっ、馬鹿っ。こんな所で言うな…」
顔を横に背けるが、耳が赤くなっているのが丸見えだ。
くい、と酒で喉を潤し、身を前に乗り出した。
「ナーミ」
「みど」
言い終わる前に唇を合わせた。
寒いと言っているのに、口の中はとても熱い。
火傷しそうだ、なんて言ったら、古いと馬鹿にして笑うだろうか。
そんな顔も見たいな。
「っ、これ以上は…駄目、だっ」
仮にも花見会場だ。誰かに見つかる可能性も否定できない。
離れると桜が目に入る。
暗闇の中でライトアップされた桜は、昼間とは雰囲気が違って飲まれそうだ。
「来年も、一緒に見れたらいいね」
「…必ず、だ」
「え?」
「来年も必ず一緒に見る」
コップを両手で包むようにして呟かれた言葉は掠れていた。
けれど、その中には確固たる意思が込められていた。
「そうだね。必ず、一緒に、ね」
身体を摺り寄せて、頭と頭を軽くぶつけた。
桜のような君と共に、来年もまた、見に来よう。
一緒に話して、笑って、キスをしよう。
散り行く前にここに繋ぎ止めるから。
もし出来なくても、忘れないから。
だからまた、見に来よう。絶対一緒に、見に来よう。
その時は、今よりもっと、愛を囁こう。
「愛してるよ」
使い古された言葉より、もっと大きな愛を。
「潰れたな」
「ああ、花弁にキスするのはいいアイデアだった」
「本当にばれてないよな?」
「大丈夫だ。流石にやられそうになったのには焦ったが。私の演技力を舐めるなよ」
「でも、いいのか?言っといた方が」
「火口。―――――、だろう?」
「……確かにな。じゃあな」
今日は4月1日。彼は気付いてないようだけれど。
嘘を吐くのも愛の内。
幸せだったらいいんじゃない?
エロとギャグの限界に挑戦。私はここまでだ、うん。
てか、H口って書いて横から見るとエロって見えるんだね(どうでもいい
唐突に火奈が書きたくなったんです。私的には悪友がいいかなー。