「葉鳥!あっちに焼き蕎麦がある」
「三堂、りんご飴発見!」
「たこ焼きも発見」
財布がどんどん軽くなっていく。
最初は腹いせに三堂の金を使いまくってやると思っていたが、すぐに忘れた。
お祭りは好きだ。屋台の食べ物やゲーム、見るだけでも楽しい。
自分の格好など気にしている余裕などない。
「焼き蕎麦いる?」
「もちろん!あ、りんご飴二つ!」
「はい、毎度あり」
「鯛焼きも買ってきたよ」
「ありがと、三堂」
鯛焼きを齧り、はふはふとしながら頬張る。
生地のカリッとした歯ごたえと、餡の甘さに頬が緩まる。
「おいしい…」
「葉鳥、まだまだこれからだ!」
「うん!」
目に付いた屋台を片っ端から回っていく。
持ちきれなくなったら奈南川と火口に渡す。
二人は興味がないらしく、はしゃいでいる三堂と葉鳥の後ろを付いていく。
「あ、射的だ」
「やろうか。二人で、四回分でいいかな」
「はいよ」
光沢が出て濃い茶色になっているライフル銃を手に取る。
くすんだ銀皿に十個乗せられたコルク玉を発射口に詰める。
台には赤い絨毯が引かれ、三段それぞれにおもちゃやお菓子が彩り鮮やかに置かれている。
四発目でやっと駄菓子が取れた。
「はい、おめでとう」
「やった!」
ガッツポーズをして、次は何を取ろうかと見渡す。正確には何が取れるか、だが。
一番上の段に乗せられた、大きな黒い犬のぬいぐるみに目が吸い寄せられた。
寝そべっていて、一般的に可愛いと言われるような顔ではない。睨んでいるような目だ。
だが、目が離せなかった。
横には小さな白い箱が置いてあり、これを倒せば貰えるらしい。
これにしようかな。
小さ過ぎて掠りもしない。
夢中になってやっていると、十発撃ち終わってしまった。
「もう一回!」
ぱん、ぱん、ぱん、と何度も撃つが、磁石のS極とN極の様に玉は箱から離れた所に飛んでいく。
隣を見ると、三堂は三つ景品を取った。一発で。
「な、何でそんなに上手いんだよ」
「んー、何ででしょう?」
護身のために習ったのだろうか。
親が政治家だとやっぱり命を狙われるようなことがよくあるのか。
苦労した人生を歩んできたんだな。
「葉鳥、人の人生を勝手に作らないでくれる?前に教えてもらった事があるだけだから」
「そうなの?」
「残念そうにするなって。何か取って欲しいのある?」
「じゃ、あそこのニン○ンドーDS」
「…随分子供らしい選択で」
「悪いかよ」
「いいよ、分かった」
景品を狙う目には緊張感が漂っている。
流れるように作られた構えは、本当に教えてもらっただけ、なのか疑問に感じる。
放たれた玉はニン○ンドーDSに当たり弾かれ、ソフトに当たった。
ぱたん、ぱたんと二つとも倒れる。
「すごい…」
尊敬する、これは絶対尊敬する。野次馬の誰も声が出せなかった。
いつもの奈南川にでれでれしているのは偽りの顔だったんだ。
「はい」
「ありがとう……スーパープリンセスピ○チ貰っても困るんだけど」
「取ってやったんだから、文句言うなよ」
苦笑した顔を見て、胸が高鳴った。
ああ、分かったかも。
「奈南川が三堂を好きな理由が分かった気がする」
「ん?」
「三堂って優しいよな。…火口と違って」
「当たり前だろ。にしても、火口、か」
三堂は面白い物を見つけた子供のように笑った。
何で笑ったか分からないでいると、三堂は溜め息を吐いた。
「こりゃあ大変だな、火口も」
「だから何で火口が出て来るんだよ」
「…いや。他に欲しい物ある?」
「撃ち方教えて欲しいな。自分で取りたい」
「うん、いいよ」
三堂はライフル銃を手に取る。コルク玉も一つ手に取った。
「台に押し付けて入れるけど、あまりきつくしすぎない。ゆるすぎてもいけないけどね」
「うん」
「台に身体を当てて、ふらふらさせない」
「うん」
「射的の的に出来る限り銃を近づける。的の真ん中じゃなくて隅ね」
「…うん」
「銃に目を近づけて、狙いを定める。片目だけで見たりして」
「………」
「反動で身体が動くから、しっかりと抑えて、撃つ。分かった?」
「…覚え切れない」
「一度に覚えるのは難しいよね」
子供みたいに扱われて憮然とするが、本当のことだから反論のしようがない。
三堂の説明は分かりやすいが、記憶力はいい方じゃない。
僕は何度も反復して覚えるタイプだ。
「僕が取ろうか?」
「自分で取りたい」
「…一体どれが欲しいの?」
「あの黒い犬」
「え?あの目付きの悪いのが欲しいの?」
「目が吸い寄せられて、離せないんだ。よく分からないけど」
「ふうん。分かった、じゃあ一緒に撃とう。それならいいだろ?」
「うん」
三堂は葉鳥の後ろに回ると、手を重ねた。
温かい手に、自分の手が冷えていたことに気付く。
離そうともしたが、三堂は気にしていないし、教えてもらってるのに押しのけるのは悪くてやめた。
背中もすっぽりと包まれ、冷気が吹いてこなくて温かい。
「ほら、ちゃんと狙ってる物を見て」
「うん」
「しっかりと抑えて撃ってね」
「分かった」
指を掛け、ぐっと力を込める。
身体が揺れたが、三堂が抑えていてくれたおかげで焦点がぶれなかったらしい。
ぱん、と乾いた音が響き、箱はパタンと倒れた。
「あ、当たった!」
「はい、おめでとう」
拍手が巻き起こる。温かな笑みが溢れる。
ぬいぐるみを渡されて、ふわふわの毛に顔を埋(うず)める。
「三堂、ありがとうっ」
「どういたしまして。お礼は身体で、痛っ」
「何言ってんだよ」
「火口!教えてもらったんだから!」
「は、むかついたから殴っただけだ。まだ買うんだろ」
「うん」
無骨な指に手を握られて、驚いて頭が動かなくなる。
やっぱり遊び過ぎたかな。怒ってるかな。
早足な火口に付いて行くと、足にずきんと痛みが走った。
「っ……」
「葉鳥、どうした?」
「え、あ、ぬいぐるみ落としそうになっただけ」
「そう」
親指と人差し指の間がずきずきと痛む。
履き慣れていない草履でたくさん歩いたからだろう。
痛みを堪え、借り物の草履を引き摺らないようにして歩く。
歯を食い縛り、顔が固まる。
「…あー、重いなあ。一旦減らしてくれよ」
「そうか?ナミ、重い?」
「まだ買うのならな」
「じゃあ、あっちの人の少ない所で食べようか」
「ったく、奈南川に聞いてからかよ」
半ば怒鳴るように声を掛け合う。
火口に連れられて、人込みを抜けた。神社の裏らしく、人影は見当たらない。
随分と日が落ちていた。
ベンチに買った物がどさどさと山積みにされる。
横に三堂と奈南川が座ると場所が一杯になってしまう。
「うわー、よく買ったなー」
「買ったのはお前だろ。ちゃんと食えよな」
「はいはーい。ナミ、たこ焼き食べさせてあげる。はい、あーん」
「ん」
途端に仲良くしだした三堂と奈南川から目を逸らす。
人はいないけどさ、そんなにくっつかなくたって。
まあ、幸せそうだからいいか。
「座れ」
「あ、うん、ありがとう」
三堂と奈南川が座っているベンチから少し離れたベンチに座る。
歩いている時よりは幾分マシだが、痛みはなくならない。
顔を顰(しか)めてしまう。
「足出せ」
「え?」
「早く出せ」
「でも…」
「俺が出せって言ってるんだ」
「う、うん」
恐る恐る足を差し出す。
火口は草履、足袋をてきぱきと脱がすと、
いつの間に用意したのだろうか、水が張られた洗面器に葉鳥の足を突っ込んだ。
「冷たっ」
「我慢しろ」
皮が剥けていた所に水をつけ、刺すような痛みがある。
熱さを持っていた部位が急に冷やされ、鳥肌が立つ。
同時に、痛みが和らいでいく。
ふう、と息を吐いて、緊張していた顔の筋肉を解(ほぐ)す。
「これ、どうしたの?」
「お前らが買い物してる時に輪投げしたら取れた」
「洗面器が?」
「悪いかよ」
「ううん」
火口が輪投げをする姿を想像したら、笑ってしまった。
真面目な顔で何を狙っていたんだろう。場にそぐわない顔だったろうな。
「言っとくけどな、奈南川がやりたい、って言うから俺は付き合ってやったんだ」
「そうなの?じゃあ、奈南川に感謝しないとね」
「ふん」
意地を張る火口が面白くて、ぱしゃぱしゃと足を上下に動かす。
水飛沫が飛び散り、火口の頬に掛かる。
「あ、ごめん」
慌てて前屈みになり、手で拭い取る。
水滴が取れると頬に手を当てている状況が、恥ずかしくなった。
手を引こうとすると、冷たい物に包まれた。
それが火口の手だと理解するのには時間が掛かった。
「ひ、火口っ!?」
「…あったかくて気持ちいい」
目を瞑った火口の優しげな顔にまあいいか、と思ってしまう。
ああ、優しげじゃない。火口は優しいんだ。
三堂も奈南川も気付かなかったのに、火口だけは足の痛みに気付いた。
ぶっきらぼうな口調で、気遣ってくれている。
顔が急激に熱くなってくる。足元は冷たいのに。
優しくしてくれたことへの感謝でもなく、恥ずかしさでもなく、きっとこれは。
まだ言葉にするほどでもないのだろうけれど、僕は、火口のことが。
「火口、葉鳥、そろそろ行こー」
「ああ」
離された手の温もりを求めたくなるが、やめた。
水に濡れた足をタオルで拭くと、火口は傷に絆創膏を貼った。
行動全てが丁寧で優しくて涙が出そうになる。
「立てるか?」
「…うん。楽になった」
一歩踏み出して、ずきんと痛みが走る。
神社まで歩けそうにはなさそうだ。
「三堂、奈南川。疲れたから先に帰るわ」
「えー……じゃあ、僕らが代わりにお祈りしてきてあげる」
「三堂、ヨツバの発展だぞ。違うことを祈ったら許さないぞ」
「ナミ〜。僕らの愛の発展でしょー?」
「うるさいっ!」
嫌がる奈南川が、ただ照れているだけで本当は嬉しいことを僕は知っている。
笑顔で笑いあう二人が羨ましく見えた。僕も――。
何も続かず、言葉が宙に浮いた。僕は何を言おうとした?
「ああ、じゃあな」
「じゃ、休み明けにね」
「楽しかった」
「うん、楽しかった」
「来年は八人でね」
「うん」
三堂と奈南川に笑顔で手を振った。来年はもっと楽しいだろうな。
「おい、行くぞ」
「あ、うん」
「ほら」
差し出された両腕と背中に思考が止まる。
背中しか見えなくて、表情は分からないが、意図することは分かった。
火口の背中に覆い被さり、両腕を首に巻き付ける。揺れるリズムに安心する。
「楽しかったなー。遊び足りないけど」
「あれだけやっといてか?」
「まだまだだよ。食べまくったけど、ゲームは射撃しかしてないもん」
「…また来れたらいいな」
「…うん」
また、なんてあるかは分からない。
けれど、もしあったら、その時までには草履に慣れておこうと思う。
火口の着物に顔を付けた。汗臭くて、優しい匂いがした。
「火口」
「………」
「ありがとう」
返事はなかったけれど、聞こえただろう。
温かさに揺られて、意識はぼんやりと夕焼けに溶けていった。
このままずっといたい。火口と一緒にいたい。
叶わぬ望みだとしても、今だけは願わせて欲しかった。
どうか、僕らの進む道が、未来が、この夕日のように輝いていますように。
やっと葉鳥が自覚しました。
妻子持ちだから気付いても告白は出来ず、火口は意地っ張りで、どちらも片思い…。
大丈夫です、ちゃんとくっつけますから!
(4/14改正 温かい→冷たい 冷たくて→あったかくて 火口の体温は低いんです)