ひんやりとした夜気が身体を包み込む。
身体がブルッと震える。上着でも着てくるべきだったか。

「あ、火口。葉鳥は?」
「飲みすぎてダウン」
「そうなのか。残念だな、まだ酒あるのに。飲むか?」
「いや、遠慮しておく」

鷹橋の誘いをきっぱりと断り、テラスの端にいる三堂の所へ向かう。
隣に奈南川はおらず、一人で夜空を眺めていた。
暗くてよく見えないが、手にはグラスを持っているようだ。中身は分からない。

「おいおい、愛しの奈南川はどうしたんだよ」
「…あれ」

三堂が視線を向けた先には、尾々井と一緒に酒を飲んでいる奈南川がいた。
口数は少ないが、会話を楽しんでいるそうだ。

「尾々井に話しかけたら夢中でさ。僕のことなんか忘れちゃってるんだよ」
「可哀そうな奴だなー。俺が慰めてやろうか?」

キモッ!、やナミー、変態がいるよー、なんて言われるとでも思ったが、三堂は目を見開いて固まった。
予想外の反応にこっちも驚いてしまう。

「な、何だよ」
「…あ、ああ、いや、別に」

歯切れが悪い言葉に疑問を感じる。
どちらも喋らず、重々しい空気になってしまう。

「一体なんだよ」
「…うーん、そんな軽々しく言わない方がいいと思うよ」
「慰めるとかか?お前、まさかナミに捨てられたから俺を狙って」
「違う!しかも捨てられてないし。その、さ、僕なんかに言わない方がいいと思う」
「…じゃあ、誰に言うんだ?」

もごもごと誤魔化すように喋る三堂に苛立ち、睨み付けた。
三堂はまじまじと俺の顔を見て、手にしたウイスキーを飲み、溜め息を吐いた。

「俺の顔がどうしたんだよ」
「前途多難だな、って思ってさ」
「?」

はあ、僕はいい人だなあ、と自己満足に浸っている三堂を見るが、さっぱり意味が分からない。
何かを避けるような言い方だが、三堂のポーカーフェイスでは欠片も見えてこない。
イライラしてグラスに口をつける。

「葉鳥のこと、好きでしょ?」

平然と言われた言葉に、ぶっ、と酒を噴き出した。
スーツが汚れたが気にしている場合ではない。袖で口元を拭う。

「な、何言って」
「さっき、キスしてたじゃない」
「あ、あれは酔った勢いというか。あいつはそもそも男だし……ん?何で知ってるんだ?」

あの時、六人ともテラスにいた筈なのだ。

「呼んでも来ないからさ。ナミはああなっちゃってたから、呼びに言ったらちょうど、ね」
「見てたのかよ…」
「てか、今日ずっと葉鳥のことばっか見てたじゃん」
「は?」

無自覚かよ、と三堂は唸るとグラスに残っていた酒を飲み干した。
ぎっ、といつもより鋭い目で睨まれると、つい姿勢を正してしまった。

「あのね、あれだけあからさまにやられたら誰でも分かるっつの。
そもそも酒好きなお前が玄関まで葉鳥を迎えに行く、って言い出した時点でおかしかったし。
葉鳥が鷹橋や紙村と話してたら嫉妬して一人で飲んで、鷹橋に抱きついた時もすぐ引き剥がしたじゃない。
僕は十分前でいい、って言ったのに」

息つく暇も与えずに口早に三堂は話すと、深い溜め息を吐いた。
氷だけが残っているグラスを傾けて、氷を眺める。
ガラスと氷がぶつかる音が響く。

「そりゃさ、いきなり理解しろ、ってのはムリかもしれないけど。
葉鳥は結婚してるし子供もいるしね。
でも、好きだ、っていう気持ち、押しつぶす事はないと思うよ」
「……………」

口に酒を含んで、転がした。
三堂は下を俯いた火口を見て、夜空を見上げ、独り言のように呟いた。

「自分に正直になりなよ」

微かに微笑んだのが視界の隅に見えた。
どう進んでもいいけど、決めるのは火口だよ。僕じゃない。
三堂の思いが伝わってくる。


「さて、僕はナミがへそを曲げない内に構いに行かないとね。
尾々井と話してる最中、僕の方ちらちら見てたでしょ。火口に嫉妬してるんだよ」

嬉しそうに笑って、三堂は奈南川に飛びついた。
三堂の言ったとおり、奈南川は拒まずにされるがままにしていた。

「ナミ、あっちで二人で飲もー」
「ああ。尾々井すまない」
「いや、気にするな」

二人で暗がりに消えていく。
何をするのか丸分かりだっつの。
悪態を吐いて、少し考え、口を開いた。

「三堂!」

三堂は振り返って首を傾げた。
口に出すのは気恥ずかしいが、奈南川が睨み付けてきているのに気付き、小さく早口で呟いた。

「ありがとう」

一瞬呆気に取られた顔をした後、三堂は笑った。
奈南川には聞こえなかったようだ。不機嫌そうに三堂の腕を引っ張っている。

「お礼は今日の酒代ね」
「何だと!?」
「あはは、嘘だってー」
「………」

お前の嘘は嘘に聞こえないんだ。
てか、奈南川の目がマジで怖いから早く行ってくれ。

「じゃ、火口、来年もよろしく」
「ああ」

暗闇の中に沈んでいく二人の姿から目を離し、部屋に戻る。
ったく、お節介な奴だ。
ソファーに寝転がっている葉鳥の腕を引っ張り、無理矢理起こす。

「え、え?」
「こっち来い」

困惑しているだろうが、気にしてはいられなかった。
テラスまで引っ張り、手を離した。
風はひんやりと冷たいのに、身体は火照っている。
腕時計を見て、息を吸った。


「ヨツバの更なる発展と、俺達の未来へ乾杯!!」


グラスを掲げた。ぼーん、ぼーんと時計の音が鳴る。
火口を見て固まっていた他の者も、同じ様にグラスを掲げた。

「乾杯!!」

ガラス同士がぶつかり合う音が何度も響き渡る。
カッコ付け過ぎだ、狙ってたのか?、驚かすなよ、と次々と声が掛けられる。
尾々井、鷹橋、樹多、紙村、とグラスをぶつける。
三堂と奈南川は今頃よろしくやってるんだろうから、邪魔はしない。

「火口っ」
「…葉鳥」

声が上擦っているのは飲みすぎか、それとも別の理由か。
冷静に物事を考えられる自分に驚く。
葉鳥は水の入ったグラスを差し出した。

「今年もよろしく」

一瞬息をするのも忘れたが、ふ、と鼻で笑う。
大した量も残っていないグラスを勢いよくぶつける。

「ああ、よろしく」

葉鳥はほっとしたように笑いかけた。
赤らんでいるだろう顔を見られたくなくて、グラスの酒を葉鳥のグラスに注ぎ入れた。

「あっ、何するんだよ!」
「水なんて飲んでねぇで、酒飲め。男だろ」

男女差別じゃないか、とぶつぶつ言いながらも、葉鳥は酒を口に含む。
白い喉元を目で追ってしまうのはしょうがないだろう。

「火口ってば、やることいつも突拍子ないよね」

ああ、俺はこの笑顔が好きなんだ。
いつかこんなことしなくても、俺に笑いかけてくれればいいと思う。
未来の、いつの日かに。

「よっし、もっと飲め!」
「えー、吐くってば」
「吐いたらまた飲めるだろ」
「そんな無茶なー」

今はまだ、この距離でいい。
遠い未来に思いを馳せて、今を楽しもうじゃないか。



「A Happy New Year!!」










八人はこうやってワイワイ騒いでたらいいなー。
やっと火口が自覚しました。葉鳥はまだ。
前途多難ですね。頑張れ、火口!