真面目に論議



「新作のコーヒー、飲んでー」

三堂は突拍子もなく笑顔で缶を差し出した。
会議中なのに、と思ったが、まあ、いつものことなので動じず缶を受け取る。
あれ、何か既視感がするな。
三堂がコーヒーを持ってきたのは初めてな筈なのに。
別に、今気にすることではないか。

「『コーヒー豆をじっくりと焙煎、苦味、渋み、コクを出した漢にしか分からないこの味。ついに、キタ―――――!!!』

がキャッチコピー」

長っ。節々に○chの香りがするのは気のせいか?
○○ねこのように問題が起きないようにしてくれよ。

「三堂、そのキャッチコピーはいまいちだ」
「尾々井?どの辺が?」

よく突っ込んでくれた!お前こそ男の中の男だ。
変な物を持ってきて面倒臭い事態にする三堂とは大違いだ。
まともな奴がいた。俺だけじゃなかったんだな。
涙で瞳を濡らしながら、葉鳥は尾々井を笑顔で見つめた。

「この味なら、『キター』じゃなくて『萌えー』だろう」

至極真面目な顔で言ったのに、誰も笑わなかった。
椅子が真後ろに倒れて気絶したら楽かとも思ったが、そんな勇気はなかった。

「あー、確かに!じゃ、ラベルはメイドの女の子なのに、中身は漢って訳だね」
「うむ」
「分かった、ありがとう」

三堂は熱心にメモを取っている。熱心なのはいい。
ヨツバの発展に貢献しようとしているのはいいことだ。
だが、何かおかしくないか?だれも疑問を持たないのか?

「こんな感じ?」

三堂はスケッチブックにペンを走らせると、尾々井に見せた。
覗き込むと、目が大きくフリルがたくさん付いた服を着ている女の子が描いてあった。
漫画やアニメのような絵だ。中々上手いな、って感心してる場合じゃない!

「樹多、どう?」
「……そうだな」

樹多、お前はまともだよな?
奥さんがいる、真面目な会社員だよな。
こいつらとは違うんだよな。

「…私は、ふりふりのメイド服よりも、シンプルな服で微笑んでいる方がいいと思うな」

え?な、なんのはなし?

「あ、そう?」
「『漢』を強調するのならな。深緑の服に、レースが程よく付いた白いエプロン。これこそ漢だ。
ピンクや水色、猫耳を付ければいい、というのは『毒男』じゃないか」
「う〜む、そういう意見もあるか」

三堂はペンを取ると、黒髪ストレートで少し照れながら微かに微笑んでいる女の子を書いた。
漢、猫耳、毒男?聞いたことのない単語ばかりで分からない。暗号か?

「鷹橋はどう思う?」
「耳やしっぽ、肉球手袋をつけてこそ、萌えだ!たくさん付けて損はない。相乗効果も狙える」
「やっぱり目に付くデザインの方がいいかな」

三堂は最初に描いた少女の頭に三角のものを二つ付けた。
一体なんだ?これは。

「おい、待てよ」
「紙村?」
「清楚でご主人様、と言われた方が萌える。大衆化されてしまったものは萌えない」
「ああ、そうだ。見かけに惑わされてはいけない」

樹多と紙村は怒鳴りつけるように、鷹橋の意見を批判した。
三堂は二枚目の女の子の横に「ごしゅじん、さま?」と書いた。

「…鷹橋に一票だ。万人に指示される物が人気が高いのは当然だ。見てすぐに叫べなければ、萌えキャラではない」
「んー、二対二か。難しいな…。奈南川はどう思う?」

奈南川はコーヒーを机に音を立てずに置くと、顎に指を置き目を瞑った。
暫く経つと、考えがまとまったようで、口を開いた。

「私はメイド服ではなく、制服の方が好みだ。この味は「ご主人様ー」と媚びる味ではない。
純で、根は素直なのにわがままになってしまうキャラだ。メイドより、制服でツンデレだ!!」

端正な顔が崩れる。
奈南川、お前そんな奴だったっけ?

「ほお、なるほど」
「そう言われれば、そうとも取れるな…」

紙村はしきりに頷いて同意する。

「紙村!漢ならメイドだ。学校という場を考えてみろ。会えるのは登下校位だ。
自分のことだけを考えて奉仕してくれるメイドと比較してみろ!」
「あ、そ、そうか」
「『授業中、あなたのこと考えてたら熱くなっちゃった…冷まして?』なんて言うのはどうなんだ?」
「う、も、萌えっ!」

ふふん、と奈南川は勝ち誇ったように笑った。
樹多と紙村は奈南川側に付いたようだ。

「ちょっとまて」

尾々井が険しい口調で名乗りを上げた。

「それはつまらない。獣化など、現実には存在しない物を妄想してこそ、萌えが生まれるのだと思う」
「ああ、そうだ」

三堂は両者の意見を電光石火の如くメモしていたが、ぴたっと手を止め顔を上げた。

「言い分は分かった。火口はどう思う?」

火口はギロッと三堂を睨んだ。
配られた缶コーヒーには手を付けていないようだ。

「……………」
「火口?」
「…どうして見かけにこだわる。
萌え、というのはキャラの性格や行動を全てひっくるめた上での物だろう。
外見に惑わされるな、そんな物必要はない。心の目で見るんだ。
どの娘(こ)にだってそれぞれいい所がある。
彼女達を俺達が理解しないで誰が理解してやるんだ。

俺達が愛さずに誰が愛すんだっ!!!」

だん、と火口は力強く机を叩いた。
火口が椅子に腰掛けても、誰一人として喋らなかった。

パチ、パチ、パチパチパチパチパチ…。

疎らな拍手が大喝采に変わっていった。

「そうだ!!火口、ありがとう!」
「ああ。私たちは何をいがみ合っていたんだ」
「すまない。冷静になれずに…」
「いや、俺も言い過ぎた。全ての娘(こ)を愛そうじゃないか!」
「おお!!」

七人の息のあった雄叫びが、会議室に響き渡った。

「よし、そうと決まったらアキバに行こう!!」
「メイド喫茶に行くぞ!」
「ではまず、私のお気に入りから…」
「俺の所もかなり雰囲気いいぞ!」
「次は俺の所な!!」
「全部行くに決まってるだろ!皆、俺達を待っているんだ!!」

三堂は大きく息を吸うと、右拳を天高く突き出した。

「行くぞ―――っ!」
「イエッサ―――――!!!」

足並み乱れず走っていった七人を尻目に、葉鳥はその場に立ち尽くした。
ぱくぱく、と口を空けたり閉じたりしている。

「悪い夢なんだ。これは悪夢なんだ。そうなんだよ。あは、あはははははははははははははは…」

笑い声は、翌朝までずっと響いていた。










論争させてみました。私は巫女服派です。
私は葉鳥を苛めるのが好きみたいです。
あとでいい目見せてあげるからね(確立0.01%)